紙の上の魔法使い 感想
―ウグイスカグラ作品で随一のシナリオとギミック―

概要


ウグイスカグラの初作品であり、シナリオに定評のあるウグイスカグラの代表作。
舞台はとある島の小さな個人図書館。「書かれた物語を現実に再現してしまう」、そんな不思議な魔法の本とともに紡がれていくストーリー。キャッチコピーは「君と本との恋をしよう」。

感想のまとめ


最大の特長はウグイスカグラ作品でも随一の完成度を誇るシナリオ。ウグイスカグラ作品を購入するならばこの作品がおすすめ。この作品を楽しめたら、次回作の「水葬銀貨のイストリア」もおすすめ。
回想と魔法の本によって掘り下げられていく物語、劇中劇としてテンポの良いアクセントとなる魔法の本、過不足のないボリューム、テーマを完璧にまとめ上げたエンディングとどの要素も素晴らしい。
魔法の本のギミックが絶妙で、テンポよく紡がれていく物語は劇中劇として楽しめるだけでなく、物語の展開やキャラクターの掘り下げに重大な役割を持っている。
伏線の回収も巧みで、早めに回収されて心地よく読み進められるもの、忘れた頃に回収される大きな伏線など、使い分けも良い。

良かった点


【システム・シナリオ】

  • 完成度の高いシナリオ
    シナリオの完成度はウグイスカグラ3作品 (2020年4月現在) の中でも随一で、ウグイスカグラ作品をプレイしたい人におすすめ。この作品を楽しめたら、次回作の「水葬銀貨のイストリア」もおすすめ。
    ライターのルクルさんとテーマとの相性が抜群。回想と魔法の本によって掘り下げられていく物語、劇中劇としてテンポの良いアクセントとなる魔法の本、過不足のないボリューム、テーマを完璧にまとめ上げたエンディングとどの要素も素晴らしい。

  • 魔法の本のギミックが絶妙
    書かれた物語を現実に引き起こしてしまう、魔法の本。この扱いが絶妙。テンポよく紡がれていく物語は劇中劇として楽しめるだけでなく、物語の展開やキャラクターの掘り下げに重大な役割を持っている。使い方も巧みで、後で感心するような使い方が目立つ。

  • 伏線回収のテンポが良い
    伏線かな?と思ったものの多くは回収されていく。早めに回収されて心地よく読み進められるもの、忘れた頃に回収される大きな伏線など、使い分けも良い。

【キャラクター】

  • 印象的なキャラクター
    各キャラクターは作中での役割がはっきりしている。そのため見せ場では、スポットライトを浴びて輝くように強烈な印象を残す。どのキャラクターも印象深いが、妃とかなたは一度見たら忘れられないような強烈な印象。

  • ボイスはイメージにぴったり
    ウグイスカグラ作品はどのキャラクターもイメージ通り。憎らしく思えるようなクリソベリル、不慣れな激昂で息が漏れがちになる夜子が特に良い。

【音楽】

  • 数は少なくとも印象に残る楽曲
    実はウグイスカグラの一番の強みかもしれない、めとさんの音楽。どの曲も印象的で、OPやEDがないことの不満も吹き飛ばすような余韻ある音楽。特に廃教会での音楽がとても良い。

【絵】

  • 癖のない、可愛らしい絵柄
    シナリオは癖が強いが、絵は癖がなく可愛らしい。シナリオに対して清涼剤のような役目を果たしている。

人を選ぶ点


【シナリオ・システム】

  • 凄まじい量の誤字脱字
    推敲せずにマスターアップしたかと疑うような、凄まじい量の誤字脱字。誤変換や怪しい日本語も多く、誤字をスムーズに読み替える能力は必須。次回作以降も改善していないので、ウグイスカグラ作品を楽しめるかのリトマス試験紙になる。

  • OP/EDすらないシステム面
    テーマ的に演出がないことがあまり気にならないが、演出らしい機能は殆どない。OP/EDすらないのはとても残念。ちなみに修正パッチを当てないと、あるシーンでセリフごとに早着替えを繰り返すバグが発生する。
    余談だがYouTubeにて本作のプロモーションビデオが公開されていて、そのクオリティがとても高い。それ故にOP/EDがないことがとても悔やまれる。

  • 各エンディングはかなりあっさり
    TRUEに向けてすべてをまとめ上げるライターなので、各エンディングはかなりあっさり。本作では書くべき物語をすべて語り終えているので満足だが、人によっては不満を持つかもしれない。

  • 予想と異なる方向へ進む物語
    予想と異なる方向へ進んでいく物語なので、パッケージや体験版から結末を期待しないほうが良いかもしれない。

【キャラクター】

  • 役割が明確すぎるキャラクター
    キャラクターの役割が明確なので、キャラクターが躍動するというよりも、物語を演じるためにキャラクターがいる印象を受ける。劇のような役割分担は、好き嫌いが分かれるかもしれない。

以下ネタバレ注意

感想


発売前から予約をして楽しみにしていて、その期待に見事に応えてくれた作品。何度もプレイしている思い入れのある作品。

【システム・シナリオ】

  • 成長物語として完璧な、本を破り捨てるルート
    本を破り捨てるルートでのテーマである、「夜子の失恋と成長」が完璧。
    臆病で孤独だった夜子が、多くの悲劇に見舞われながらも周囲の人や魔法の本によって勇気を貰い、瑠璃へ告白する。夜子の恋は破れてしまうが、それでも前を向いて生きていく。夜子が一貫して自分のための物語を書かなかったからこそ、辛い現実が待っている告白が美しく、魔法の本との決別も映えている。

  • 魔法の本による効果的なギミック
    本作に登場した物語は役割がそれぞれ違っていて、意表をつく使い方が素晴らしい。特にヒスイからのルビー、ヒスイを受けてのアメシスト、忘れた頃に語り出すサファイアは見事な流れ。

    「ヒスイの排撃原理」は魔法の本の紹介と印象づけを担う導入編。
    「ルビーの合縁奇縁」は「ヒスイ」を逆手に取った、優しい物語。
    「サファイアの存在証明」は謎に満ちていたが、実はかなたの物語。
    「アメシストの怪奇伝承」は「ヒスイ」と絡めた懐かしい物語。
    「アパタイトの怠惰現象」は瑠璃の目指す道標。
    「ローズクォーツの永年隔絶」は理央のための物語であり、理央の秘密を隠しつつ物語を大きく動かすキーアイテム。
    「ブラックパールの求愛信号」は真実を表に出し、汀に破壊される物語。
    「伏見理央」、「月社妃」は懐かしい再会でもあり、遊行寺闇子の恐ろしさを見せる物語。
    「フローライトの時空落下」は「アパタイトの怠惰現象」の続き。
    「ホワイトパールの泡沫恋慕」は闇子による、真実を隠すための物語。
    「ファントムクリスタルの運命連鎖」は夜子の心の壁による物語。
    「オブシディアンの因果目録」は「パンドラの狂乱劇場」の真相。
    「四條瑠璃」は瑠璃の変化を説明付ける物語で、主役交代の合図。
    「オニキスの不在証明」は、ずっと疑問だった妃の死の真相。
    「ラピスラズリの幻想図書館」は夜子が唯一望んで書いた、皆のための物語。
    「煌めきのアレキサンドライト」はクリソベリルの印象回復の物語。

  • 登場人物ではなく、魔法の本側から考えても面白いシナリオ
    魔法の本が語りたがっている、と考えると「サファイア」の物語がとても面白い。
    「サファイア」はかなたと瑠璃の物語を語りたいが、「パンドラ」によって停滞してしまう。「サファイア」は物語を語るために、「ヒスイ」と「アメシスト」を使い、かなたと瑠璃との関係を作りだす。不幸にも瑠璃は死んでしまうも、「四條瑠璃」として蘇り物語は続く。最大のネックだった「パンドラ」の結末は、「ローズクォーツ」を開いた「伏見理央」によって破かれる。これにより、「サファイア」物語を完了することができた。
    「サファイア」の物語が「ヒスイ」、「アメシスト」、「ローズクォーツ」、「伏見理央」、「四條瑠璃」の5冊もの魔法の本によって語られたと考えると、影のストーリーとしてとても面白い。
    逆に考えると、誰よりもパンドラの結末を望んでいたはずのクリソベリルが、全力で「パンドラ」の邪魔をしていたという点も面白い。

  • 簡潔ながらもすべてを語り終えるキャラエンド
    シナリオはTRUEを終点とした途中下車方式をとっていて、キャラエンドはかなりあっさりと終わる。ただし本作では、語るべきところをすべて抑えているので不足はない。特に妃ルートの、燃え上がる廃教会でのクライマックスはとても美しい終わり方。共に不幸になろうと誓った二人が運命に翻弄されつつもそれに抗い、神に見放された廃教会で最期を迎える。この二人にはこれしかない、というような悲しくも完璧なキャラエンド。

  • 強烈な印象を残すキャラクター
    シナリオのためにキャラクターがいるタイプの作品なので、それぞれの役割が明確。それ故に見せ場での印象がとても強くなっている。
    狂気とも言える一途さで「サファイア」を語り、ハッピーエンドを掴み取ったかなた。魔法の本による運命を否定し、自分の意志で駆け抜けた妃。好きとすら言えない傍観者であることを強制されながらも、好きになって幸せだったと泣く理央。一貫して自分のための物語を書かない優しさをもち、失恋を経て大きく成長した夜子。夜子の世界を広げるきっかけを与えてきた汀。遊行寺家の闇を一身に背負い、苦悩しながらも悪魔のような所業に手を染めてきた闇子。物語を動かし続けたトリックスターのクリソベリル。
    瑠璃が主役ではなく、すべての人間関係を一つにまとめるキーだからこそ、全員が輝いている。
  • クリソベリルの日和ったような扱いが微妙
    本を破くルートでの決別ぶりが完璧だったせいか、彼女と決別しないルートはかなり微妙。本を破くルートでクリソベリルが語った未来は黒い宝石の本を思わせるようなもので、それと決別することで夜子は成長していく納得のストーリー。
    本を破かないルートでは、クリソベリルの行動にもこういう不幸がありました、という理由が明かされる。そこで終わればまだ良かったものの、瑠璃の設定を書き換えて体を重ねるシーンは流石に引く。魔法の本を語りたいクリソベリルと、自分よりも友人を心配し、自分のための物語を語らなかった夜子。本質が大きく異なる異なる二人を重ねるような展開は、最後までピンとこなかった。
    クリソベリルを持ち上げて終わらせるかと思いきや、特典ディスクで蛍にきつく当たらせている点も微妙。クリソベリルを救済したかったけれど、日和ったような扱いは残念。

  • 特典ディスクは物語をキャラクターが振り返る形式
    特典ディスクはキャラクターたちが物語を振り返る形式。懐かしい気持ちで振り返れて面白い。蛍のキャラ付けは微妙で、喋らせないほうが良かったかもしれない。1箇所だけとは言え、リテイク前のボイスを収録するのはいくらなんでも酷すぎる。

【キャラクター】

  • 四條瑠璃
    オリジナルは理央のストーカーや父親への対応を見るとキレたらヤバい人。魔法の本の人格は穏やかで、実は人格も違うのでは?という気がする。妃の死を乗り越えられなかったオリジナル、与えられた時間は大切にする魔法の本のどちらの生き様も魅力的なキャラクター。信念を貫いて死を選んだオリジナルも好きだけれど、あるがままを受け入れていく瑠璃も、濃くはないけれど魅力的。

  • 日向かなた
    一番好きなキャラクターで、予想外のメインヒロイン兼ヒーロー。ヒロイン、ムードメーカー、相棒、そしてヒーローと変化していき、気づけばその魅力の虜になってしまうナイスキャラ。
    「サファイア」の影響か本来の性質か、幸せになるために突き進み続ける強さがとても魅力的。狂気を感じるような一途さはヒロインよりもヒーローのそれで、クリソベリルに設定を書き換えられた瑠璃と対峙するシーンは本当に格好良い。日常シーンでのえげつなさも印象的で、欲しいものは何があっても手に入れる力強さが魅力的。
    「ヒスイ」と「アメシスト」では一転して心の弱いヒロインで、こちらは薄幸の美少女ぶりがとても良い。「私と一緒に、死んでくれませんか」という強烈な告白がとても印象的で、一人で2度も3度も美味しいキャラクター。

  • 遊行寺夜子
    物語の真の主人公で、ストーリーが進めば進むほど好きになるキャラクター。友人と好きな人を亡くし、それでもみんなに勇気をもらって立ち上がり、結末のわかっている告白をする。その失恋を得て成長して、彼女の笑顔で物語を締めくくる。告白から最後の笑顔までがとても素敵で、本当に魅力的なキャラクターだと思う。
    自分のために魔法の本を書かなかったところも彼女の魅力。自分のための魔法の本に頼らなかった彼女だからこそ、魔法の本との決別がとても映えている。
    自己評価は低いけれど、あの境遇でも他人を思いやれる心の強いキャラクター。

  • 月社妃
    最も強烈なキャラクター。瑠璃と妃が心中する妃エンドは完璧。燃え盛る廃教会、ともに不幸になろうと誓った二人の結末にこれ以上ない場面で、普通に幸せになりたかったと泣くシーンがとても美しくて好き。
    夜子を勇気づけるシーンでの「恋に敗れて、死んでしまえ」は、まさに彼女の生き様を象徴するような言葉で、その強烈さがとても素敵。クールな見た目と裏腹に、恋に生きて死をもって魔法の本に打ち勝つ。そんな強烈さがとても魅力的。

  • 伏見理央
    誰よりも不自由なキャラクター。序盤は「天使ちゃん」な癒やし系、中盤以降は魔法の本の先輩。不自由な立場でも明るく健気でとても素敵なキャラ。理央エンドは初見だと謎が深まる結末だが、真相を知ると雁字搦めだった彼女が唯一掴むことのできた結末なので、確かに「バッドエンド」とは呼べない結末かも知れない。あの物哀しい余韻が好き。

  • 遊行寺汀
    予想よりもキーキャラクターで、とても魅力的なキャラクター。ふざけた態度だけではなく、実際に夜子の世界を広げるのはいつも汀。そんな兄ぶりがとても魅力的。最後以外で魔法の本を破くのは汀だけで、「ラピスラズリ」を破くシーンがとても格好良い。

  • クリソベリル
    トリックスターは有能でなければならない、そんなことを思わせるキャラクター。動く度に状況を悪化させていく彼女の災厄ぶりは凄まじく、黒い本でないことに驚愕した記憶がある。最後に決別する前提ならば、最後まで不幸な未来を語りたがるその姿はとても魅力的。

  • 遊行寺闇子
    遊行寺家の闇を一身に背負っている彼女。彼女のおかげで夜子が良い子に育ったかもしれないけれど、娘のために魔法の本を書き続ける彼女の所業は、まるで悪魔のそれ。妃や理央に書き加えられた設定、ホワイトパールでの嘘の出会いなどを見てしまうと、恐ろしさと同時に哀れみを覚えてしまう。