ポーの一族 (雪組) ―人間味を感じる繊細さ―

概要

ポーの一族は萩尾望都による漫画作品で、小池修一郎先生による脚本・演出。18世紀から近代までを舞台に、永遠の命を持つ吸血鬼 (バンパネラ) の一族が描かれている。
宝塚では2018年に花組 (リンク) で上演され、今回の雪組は2回目の上演。

感想のまとめ

初演の花組版と比べて、繊細さの方向性を大きく変えた再演だった。朝美さん率いる雪組で上演する意義を感じるとともに、将来の再演にも繋がる公演に思えた。
人ならざるバンパネラの幻想的な美しさやエドガーの孤独が強く演出された初演に比べ、人間性や愛が前面に押し出されているように感じられ、好みの違いはあれど本作も魅力に溢れた素晴らしい公演だった。
どちらも素晴らしいのは前提として、個人的には人ならざるものの超越的な美しさが印象的な、花組版が好みだった。

以下ネタバレ注意

感想

花組 (リンク) 版から大まかなストーリーは同じだが、随所に変更が加えられている。トップ娘役の役がシーラからメリーベルになり、男爵のシーンが増えている。今回は気になったところをメインで記載した。

  • 花組とは繊細さの方向性を大きく変えた再演
    ポーの一族はとても繊細な作品だが、花組版とは雰囲気が大きく異なっていた。新たな解釈を見ることができ、朝美さん率いる雪組で上演された意義を感じる公演だった。
    花組版は幻想的で耽美であり、バンパネラという種族の孤独やエドガーとアランの共依存が色濃く反映された作品に思えた。
    一方の雪組版は、人間味や愛が強く押し出されているように思えた。バンパネラという種族そのものではなく、人がバンパネラになってしまったがゆえの苦悩や孤独を感じる作品だった。
    両者で好みは分かれるだろうが、あえて雪組で再演した理由が頷ける公演だった。どちらも素晴らしいのは前提として、個人的には人ならざるものの超越的な美しさが印象的な、花組版が好みだった。

  • 今後の再演につながるかもしれない公演
    初の再演を見て感じたが、「ベルサイユのばら」のように今後も再演を重ねていく作品になるかもしれない。
    初演の BD を見た時は再演は難しいと思ったが、今回方向性を変えて再演したことで、新たな道が開かれたように感じた。
    高かったハードルを乗り越え、ただ過去をなぞるのではなく新たな方向性を示したことで、今後の再演につながる公演だった。
    初演が素晴らしかったのは勿論だが、今回の雪組も素晴らしかったからだろう。

  • 人間味を感じさせるエドガー
    朝美さんのエドガーは、現実味を持った「永遠の少年」だった。
    普通の少年がバンパネラとなり、長い反抗期の果てにようやく得た家族を失う。そして孤独に耐えかねて、アランと二人で永い時を旅する。そんな人間らしい悲哀を感じさせる役作りだった。
    初演の明日海さんのエドガーは、人からバンパネラに移ろっていく存在であり、人ならざる者としての美しさや孤独を感じさせる役作りだった。
    個人的に好きなのは明日海さんのエドガーだが、朝美さんのエドガーも素晴らしかった。

  • 家族のために奔走するポーツネル男爵
    瀬央さんのポーツネル男爵は、家族のために奔走している印象だった。
    序盤は貴族らしい余裕のある振る舞いを見せていたが、旅を重ねるにつれて人間味が増していったように思えた。
    エドガーに厳しくした後に後悔する様子をのぞかせ、最期にシーラと消えるシーンを除けば、家族を守ろうとする父親のようだった。一族に否定的で反抗期のエドガーに病弱なメリーベル、そしてまだ若いシーラを抱え、一族のために奔走していればそうもなるだろうと思える男爵だった。
    余談だが、とても気品ある姿で髭も似合っていて素敵だった。小桜さんとのデュエットも素晴らしく、演技も歌も良かった。
    一方、瀬戸さんの男爵は、一族の最年長としてもう少し余裕のある振る舞いをしている印象だった。瀬央さんの男爵はより人間的に家族を、瀬戸さんの男爵はよりバンパネラ的に一族を意識しているように見えた。

  • エドガーに似た雰囲気のアラン
    面白いことに、雪組版も花組版も、アランにはエドガーと似た雰囲気を感じた。
    縣さんのアランは生意気な御曹司。家族状況によって孤独を抱えているものの、何かが少し違っていれば立ち直れたのではないかと思わせる、素直で純粋な役作りだった。素直だからこそ、あの状況から救ってくれるエドガーを選んだように思えた。
    一方、柚香さんのアランは陰を感じる御曹司だった。仮に家族状況が改善していても孤独は癒えなそうで、いつか破綻しそうな危うさを感じたからこそ、エドガーに惹かれたのも自然に思えた。
    どちらも、それぞれのエドガーの相手役としてはこれしかないというアランだった。
    役作り以外では朝美さんとの歌唱シーンなど歌も以前の印象よりも成長していて、気がつけばすっかり中核となる男役になっていて感慨深かった。

  • ヒロイン役としてのメリーベル
    音彩さんのメリーベルは、ヒロイン役として出番が大幅に増えていた。
    人形のような可愛らしさはあるが、意外と意思がしっかりしたキャラクターだったことを初めて知った。病弱ではあるものの、ただ守られるだけの儚い少女ではなく、自らの意思を持って生きていけるように見えた。だからこそ、バンパネラにならなければ違った道もありえたのでは、とエドガーが思うのも納得の役作りだった。
    華さんのメリーベルは、まさにお人形のような可愛らしさと儚さだった。ヒロインとして出役の比重が高まったことで、メリーベル自身の考えをより知ることができたのかもしれない。


    ヒロイン役になったメリーベル
    音彩さんのメリーベルは、ヒロイン役として出番が大幅に増えていた。
    人形のような可愛らしさはあるが、意外と意思がしっかりしたキャラクターだったことを初めて知った。病弱ではあるものの、消えてしまいそうな、バンパネラにならなければ違った道もありえたのでは、とエドガーが思うのも納得の役作りだった。
    華さんのメリーベルは、まさにお人形のような可愛らしさと儚さだった。ヒロインとして出役の比重が高まったことで、メリーベル自身の考えをより知ることができたのかもしれない。

  • 時が止まったかのようなシーラ
    小桜さんのシーラは、婚礼式の日に、清楚なお嬢様のままで時を止めてしまったように感じた。
    男爵夫人という印象はたしかに弱く、エドガーと姉弟に間違われるのも、男爵が彼女をバンパネラにしたことを悩む場面も納得できた。
    花組の仙名さんは清楚なお嬢様が男爵夫人に成長したような気品のある美しさが印象的だったため、方向性の違いを感じる役だった。
    歌も演技も上手い二人が、大きく異なるイメージでシーラを仕上げたのは面白かった。

  • 真実の愛を自ら探すクロフォード
    クロフォードは一節で「真実の愛はどこに」と歌っていたが、それぞれアプローチが異なる役作りだったように感じた。
    華世さんのクロフォードは、「真実の愛」を積極的に探し求めている印象だった。シーラや他の女性への態度を見る限り、積極的に浮気をし、違うと思ったらあっさりと去ってしまいそうだった。
    一方の鳳月さんのクロフォードは、「真実の愛」を諦めかけている印象だった。受動的に浮気はするものの、「真実の愛」を見つけられずに関係を終わらせるイメージだった。
    雪組版のクロフォードをポーの一族に迎え入れようとした判断はミスだったのでは、と思える人物像だったが、男爵が彼のどこに魅力を見出したのだろうと気になった。
    クロフォードも華はあるが、フィナーレでも存在感は抜群。不安がないからこそ、このまま駆け上がってほしいような、もっとゆっくり長くいてほしいような、複雑な気持ちを感じさせる男役ぶりだった。

  • 有終の美を飾った美穂さん
    専科の美穂さんは、本公演をもって退団となった。
    ブラヴァツキー役としての降霊術の場面が素晴らしかった。妖しく美しく響く歌声は勿論のこと、降霊時の変わりようが凄かった。ブラヴァツキーとはまるで別人のような声色で話す姿が印象的で、最後に良い役を観ることができた。
    エトワールも素晴らしく、この美しいビブラートが劇場に響くことがなくなるのは寂しく思えた。

  • 優しさを感じさせる大老ポー
    専科の奏乃さんは、専科として初出演で大老ポー役。
    低く綺麗に響く歌が素敵で、威厳の中に優しさを感じさせる大老ポーがだった。

  • 書ききれないが印象的だったメンバー
    透真さんの老ハンナ役は存在感が強く、バンパネラとしての人外さを感じられて好きだった。
    諏訪さんは歌もセリフも良く、語り部兼登場人物であるバイク・ブラウン役で持ち味を発揮していた。壮海さんはホテルの支配人役で、歌が素敵で印象的だった。