シジミ少年の秀逸な死
―「死ぬなら今日、ということか。」―

概要


「Nightmare Syndrome」 (以下NS) の作品で、臨死体験ADV。
自動車が現れ始め、土葬から火葬へ移りつつある時代の田舎を舞台とした作品。
主人公・しじみの通う学級では、「死にたいから死にます。許してください。許さないで下さい。」と書き残し突然自殺した生徒をきっかけに、同級生たち、さらには先生まで自殺してしまう。死が伝染してしまったこの学級は、明日から学級閉鎖することが決められた。「死ぬなら今日、ということか。」そんなことを呟く親友・団八たちと過ごす、学級閉鎖前の最後の一日を描いた作品。

感想のまとめ


人を選ぶ作品の極致。作品に漂う死の香りに魅入られると抜けられなくなる雰囲気が素晴らしく、10年以上経った今でも抜け出せない魅力がある。
救い、憧れ、恐怖など様々な側面を持ち、常に傍らにあるけれど隔たりがあり、どこか冷たい死のイメージが絶妙。
団八ルートでの会話シーンからクライマックスへ向かう激しい流れは、NS作品でも屈指の素晴らしさ。

以下ネタバレ注意

良かった点


【システム・シナリオ・キャラクター】

  • 作品に漂う死の香り
    死に惹かれる登場人物、閉塞感漂う田舎、降り続けて止まない雨、白昼夢のように現れる死のイメージによって、作品全体から死の香りが漂ってくる。死が蔓延する雰囲気、陰鬱としているけれど魅入られると抜けられなくなる雰囲気が素晴らしく、10年以上経った今でも抜け出せない魅力がある。

  • 死への惹かれ方のバリエーション
    主人公であるしじみ以外の全員が、違った形で死に惹かれている。未来への悲観、周囲への当てつけ、孤独への恐れ、後追い、そして死への憧れ。誰もが一瞬は通るであろう不安や死への憧れをこれでもかと描いてくる。時に共感し、時に異質さに寒気がする。そんな死への惹かれ方がとても魅力的。

  • 死のイメージ
    不安からの解放、当てつけの手段、憧れの対象、そして恐怖の対象。憧れと恐ろしさを両立させた死のイメージがとても良い。白昼夢のように死の光景が繰り返されることによって、すべての救いになるように思えて、常に傍らにあるけれど隔たりがあり、どこか冷たい。そんな死のイメージがとても良い。

  • 個性豊かなキャラクター
    個性的なキャラクターも魅力的。特に団八のキャラクターがとても良く、あの口調とやかましさ、そしてあの性格のバランスがとても良く輝いている。面倒くさい性格のメンバー揃いなのに、いつまでも会話を見ていたいと思える絶妙な個性。

  • 団八ルートでの最後の会話
    団八ルートで様々な死について会話をするシーンが凄まじい。これまで常に活字を追っていたしじみが団八と向かい合い、様々な死について「はい/いいえ」で自分の意志を主張する。そこからクライマックスへ向かう激しい展開は、NS作品でも屈指の素晴らしさ。

  • 団八ルート
    団八のBAD/TRUEで2パターンのENDはどちらも素晴らしい。しじみが頑張ったTRUEも素晴らしいけれど、市川団八の魅力と狂気が余す所なく発揮されたBAD ENDが個人的には全ルートで一番好き。

【絵】

  • カットイン絵
    全体像ではなくカットインが多く、それ故に目や表情がとても印象的。カットインと影絵で全体像が見えにくく、白昼夢のような感覚に拍車をかけている。

感想


【個別】

  • 芥川寅彦

未来への不安から死を考える、話を聞いてほしいけれどしじみの意見を聞いていない。そんな彼は共感しやすく、思わず頷きたくなる点が好き。どこにでも行けそうでどこにも行けない屋上のシーンが素敵で、陰鬱ではないけれど漠然とした不安の表れが印象的。

  • 太宰治夫

人間が、そして孤独が嫌いだけれど自分を理解してほしい。死によって世界に同化したい。そんな彼はそれ故にクラスメイトをしっかりと見ていて、六以外の本質をある程度見抜いていることが好き。しじみを苛つかせる事ができるシーンが印象的で、実はコミニケーション上手。今後の未来はかなり明るいと思う。終盤の流れがとても素敵で、しじみが最後に本を捨てて治夫の手を取る流れがとても素敵。多弁な団八、辛辣な治夫、寡黙で時々毒舌なしじみのバランスが絶妙なので、エピローグを見たかったと思うキャラ。

  • 三十六

いつも正しくて穏やかな委員長。内心は周囲に、世界に絶望していて当てつけのために死を選ぶ。最初と最後で印象が大きく印象が変わるキャラで、このギャップがとても魅力的。個人的には団八ルートに次いで好きなルート。穏やかな第一印象からは予想もつかない辛辣な発言と周囲への憎悪、そして白昼夢でカットインする首吊りの姿が印象的。

  • 川端伊豆雪

親友の藤木澪に依存していて、古くからの慣習を愛する少年。澪が自殺したことで後追いを考える彼のルートは田舎、そして白昼夢が活きてくる好きなルート。科学が発展した未来を知っているプレーヤーが、彼らの時代と白昼夢を行き来する物寂しさが好き。非日常を淡々と進んできた後で最後に見る白昼夢がとても印象的。親友の死にも取り乱さなかった伊豆雪が、澪がいないならば死にたいけれど、死にたいわけではないと叫ぶシーンを見たときのあの安心感がとても良い。恐ろしさではなく、悲しんだことに安心するシナリオの流れは流石。

  • 市川団八

しじみの親友であり、演説がかった喋り方と人の話を聞かないことが特徴的。死に憧れていて、ただ死にたいから死ぬ。そしてしじみと一緒に死にたい。そのシンプルな動機に一直線な彼は凄まじく魅力的で、狂気すら感じる。この作品を象徴するキャラクター。
団八ルートは最後の会話からの展開が凄まじく、陰鬱とした展開から一転してクライマックスへ駆け抜けていくシーンがとても素晴らしい。これまで活字だけを追っていたしじみの目が団八を捉え、様々な死について「はい/いいえ」で団八に自分の考えを伝える。このシーンが大好きで、何度繰り返しても感動する名シーン。
死を肯定するとBAD ENDに行き着く。しじみの無意識の癖によって皮膚を頁のように捲られ、床を真っ赤に染めながら、最期にしじみを理解することが出来た俺の人生は素晴らしいと笑いながら演説する団八。この狂気の最高潮を迎えた演説の後に、俺はお前を裏切らない、俺はお前を傷つけなかっただろう、と優しげに言う彼の狂気と信念がとても素敵で、市川団八の魅力が余す所なく発揮されていると思う。何度も白昼夢を見てたどり着いた果てに、団八の死は夢ではなく取り返しがつかないものだと突きつけてくる点もとても好き。
あらゆる死を否定しするとTRUE ENDにたどり着く。読んでいて感情を激しく揺さぶられる流れがとても良い。今までずっと会話してきた団八に実は言葉が届いていなかったとわかった時の戦慄、ただ死にたいから死を選ぶという団八の狂気、しじみが団八に叫びを上げるシーンでの熱さ、団八が俺を裏切ると言われた時の団八の表情としじみがそれを見つめる眼差しなど、陰鬱とした展開を忘れるような激しさがとても素敵。しじみの発言に驚いた団八のイラストがとても素敵で、気持ちが揺らいでいる団八の赤い瞳と、激高しながら団八に思いをぶつけるしじみの青い瞳の対比が良い。
エピローグの手を固く繋いだまま保健室で眠っている終わり方も素敵で、余韻がとても良い。