概要
原作はあの三島由紀夫による作品で、「豊饒の海」四部作の第一部。美しい文章・情景を書かせたら右に出る者はいない三島由紀夫が最後に書いた長編小説。生田大和先生が脚本・演出を手掛けた作品。
感想のまとめ
三島由紀夫作品が持つ雰囲気を見事に表現している素晴らしい作品。清顕を演じる明日海さん、聡子を演じる咲妃さん、蓼科を演じる美穂さんを始めイメージ通りの配役で演技派揃い、歌も上手い完璧な配役。清顕と聡子のビジュアルに惚れ惚れするし、蓼科の老獪さ、奔馬を思わせる飯沼の力強さ、本田の実直さなどそれぞれの人物がとても魅力的。脚本も原作の良さが出ている場所が多く、観ていて美しさに感動する素晴らしさ。
ただオリジナル要素は軒並み微妙で、特にがっかりな2箇所さえ無ければ不世出の作品になっていたのに、と歯噛みしたくなる。
まさに清顕という美しさで作品に引き込むような清顕を演じた明日海さん (青年期) と海乃さん (少年期)、その美しい清顕と並ぶ美しさと素敵な歌声で聡子を演じた咲妃さん、美しい歌声と作品のクオリティを上げる演技力で蓼科を演じた美穂さんが一押し。
観劇日
2019/08/31 (ブルーレイ)
以下ネタバレ注意
感想
【全般】
- 原作の雰囲気が良く出ている
三島由紀夫の卓越した表現力で描かれた春の雪、本で読んだあの世界が舞台の上に広がっていて感動した。文章が存在しないミュージカルという媒体で、三島由紀夫の作品を表現する。そんな困難に挑み、見事に雰囲気を表現したこの作品は本当に素晴らしい。この雰囲気を味わいたいがために何度も観てしまう、そんな魅力に満ちた作品。 - 原作を上手く時間内に収めている
原作は新潮文庫だと467ページ、これだけの大作を上手く時間に収めている。観たかったシーンは一通り抑えてくれていて、シーンの取捨選択は流石。 - 脚本でオリジナリティを出したところは軒並み微妙
原作が完璧すぎたせいか、原作から変えた所は軒並み微妙。観ていて違和感を感じた場所は、だいたい原作から変えている印象。これだけ素晴らしいキャストを揃えたのだから、もっと原作に忠実な方が良かった印象。挙げるときりがないけれど、雪の日の俥中でのキスシーンへの流れ、撞球室での松枝父子のやり取り→駅での別れ、夢の中で剣を手に抗う清顕、聡子に追加された最後のセリフなどは特に原作通りのほうが良かったのではという印象。特に撞球室の話は別れの前か後かで大きな違いが出てしまったので、個人的にはかなり裏目。 - 帝劇と裁判傍聴のシーンさえ無ければ……
帝劇の演目と裁判傍聴のシーンは原作からガラッと変えて、狂気と破滅を匂わす演出になっている。ここさえ無ければ紛うことなき傑作なのに、と歯噛みしてしまう。
帝劇のシーンでは演目をカルメンにしているが、わざわざ演目を変えてまで狂気と悲劇的な結末を強調するような作品とは思えないし、強調するほど三角関係でもないので微妙。
裁判のシーンに至っては何故カルメンの二番煎じをここに入れたかがわからない。本田が傍観者ではなく止めようとする立場になってしまっているし、これなら他のシーンに尺を割いてほしかった。 - 幼少期と青年期の清顕がイメージ通りに美しい
作品を観るときにビジュアルはそこまで重視しないけれど、この作品は例外。作品を大きく左右してしまう松枝清顕のビジュアルが気がかりだったけれど、二人の清顕が凄まじかった。幼少期の清顕の美少年ぶり、そして青年期の息を呑むような美しさ。春の雪の世界へ引き込む二人の清顕のビジュアルが完璧で、本当に素敵だった。 - イメージ通りの配役が多い
原作のイメージと合った配役が多く、演技力も素敵な人達が多い。清顕、聡子、本田、松枝侯爵夫妻、綾倉伯爵夫妻、蓼科、門跡、 新河男爵夫人はイメージぴったり。飯沼はいい男すぎる気もしたけれど、動き出すとまさにイメージ通りで絶妙。これだけイメージ通りのメンバーを揃えることは二度と出来ないだろうという印象。 - 歌も良い
美穂さん、明日海さん、咲妃さん、宇月さんと歌の素敵な人達が中心にいるので歌も良い。それぞれ役柄にピッタリの歌声で、ビジュアル・演技・歌と全てにおいて素晴らしい。この素晴らしさが、作品の質を上げていると思う。 - 聡子と蓼科のシーンが凄い
作中で一番好きなシーンは聡子の妊娠が発覚するシーン。ビジュアルが完璧で、聡子を演じる咲妃さんと蓼科を演じる美穂さんの鬼気迫るような演技。そして何より歌が素晴らしい。聡子が短刀を突きつけながら歌うシーンの緊迫感がとても素敵。
【個別】
- 松枝清顕 (明日海さん)
松枝清顕を演じられるのは明日海さんしかいない、そんな完璧なまでの清顕ぶり。松枝清顕の美しさをここまで体現できる人はもう二度と現れないのではないか、と思うような完璧なビジュアル。前半の聡子と話しているときの子供っぽさ、聡子の思惑を見抜いて自尊心を満たされたときに見せる笑顔、飯沼を懐柔するときに見せる優雅で残酷な笑顔、不可能な恋に身を焦がしていくその姿、本田を頼るときの甘え方と演技もまさに松枝清顕。歌も素敵で死角なし。美しさと完ぺきな演技に惚れ惚れする。演技とは関係ないけれど、改めて見ると清顕は本当にアレな人間だなぁ、と思う。 - 松枝清顕 (幼少期) (海乃さん)
最初に観る清顕であり、この清顕がいるから春の雪にすっと引き込まれていると思う。美しすぎると松枝侯爵が形容するのも頷けるような美少年ぶり。飯沼に無邪気に話しかける姿を見ていると、まさに美しいけれど、飯沼が認めないのも納得の清顕像で素晴らしいと思う。
房子になると一転して艶やかな女性になり、がらっと雰囲気が変わるのも印象的。 - 綾倉聡子 (咲妃さん)
清顕が完璧であればあるほどハードルが上がる聡子。そんな聡子も完璧で凄かった。清顕と並んだときのビジュアルがとても美しく、歌も上手。そして聡子の表情や雰囲気の変化がとても素敵で、聡子を演じるのはこの人しかいないという印象。俥内でのどこかためらいがちな表情と、終盤での固く感情が見えない表情、出家するときの表情が特に印象的。 - 本多繁邦 (珠城さん)
実直な人柄が伝わってくるような演技と現実を見ている眼差しはまさに本田。聡子の所へ向かう清顕に向けるあの複雑そうな眼差しと、新聞を握りしめる手がとても印象的。出番が少ない分、清顕に向ける眼差しで友情の深さを見せてくれるところが素敵。 - 飯沼茂之 (宇月さん)
最初はいい男すぎると思ったけれど、動いて喋ればまさに飯沼。不器用さと内にある力強さがとても素敵だった。最初の力強さが中盤には失われてしまうが、最後には奔馬を思わせるような力強さで松枝侯爵を糾弾する。あの力強い歌声がとても素敵だった。 - 洞院宮治典 (鳳月さん)
高貴であり軍の人間というのがひと目で分かるオーラが印象的。原作から一番変化が大きくて難しそうな役だけれど、高貴さと誠実さが全面に出ていて素敵だった。 - 蓼科 (美穂さん)
まさにイメージ通りのビジュアル+作品全体のクオリティを上げる演技力+素晴らしい歌声。一度見てしまうと蓼科は美穂さんしかありえない、完璧な蓼科ぶり。美しい立ち振る舞い、清顕と一緒に飯沼を懐柔するときに見せる目つき、聡子の妊娠を知ってから服毒に至るまでの演技と歌、出てくるすべてのシーンが好きになるぐらい素敵。 - 綾倉伯爵 (美翔さん) / 綾倉伯爵夫人 (琴音さん)
綾倉伯爵はまさしく貴族的な優雅さで、ことなかれ主義的な雰囲気が出ていて大好き。綾倉伯爵夫人も聡子を心配していて優しいのだけれど、聡子の内面をつかめてはいなそうな印象が素敵。松枝侯爵夫妻と並ぶとその性質の違いがとても出ているのがまた良かった。 - 松枝侯爵 (輝月さん) / 松枝侯爵夫人 (花瀬さん)
松枝侯爵もイメージ通りの一人で、貴族的ではなくどこか実務家的な印象がとても良い。撞球室で清顕を打ち付けた後の怒り慣れていない感じもまた良かった。松枝侯爵夫人もそつがない夫人というイメージで良かった。 - 門跡 (白雪さん)
思わず包み隠さず打ち明け話をしたくなるような高僧らしいイメージが素敵。 - 新河男爵夫人 (真愛さん)
出番は少なかったけれども、あまりにもイメージ通りだったのが印象的。一シーンであれだけイメージ通りな印象を残すのは凄いと思う。