概要
暁のローマは木村信司先生による脚本・演出で、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を原作としたロックミュージカル。古代ローマのユリウス・カエサル暗殺を描いた作品で、カエサル、ブルータス、アントニウス、カシアスを中心に描かれている。
感想のまとめ
原作の名シーンでもある演説シーンやクライマックスは秀逸。名シーンなどの見せ方が良いので、あまり構えずに美味しいシーンをつまみ食いする形で見るのが良いタイプの作品だろう。
一方で演出はかなり微妙。コメディなのかシリアスなのかわからない演出はなぜ採用されたかがわからない。歴史解釈も微妙で、ローマ史か原作を予習しないと背景を理解できないが、予習をすると歴史解釈に疑問符が浮かんでしまう。
カリスマ性と力強い歌声を見せてくれたカエサルの轟さん、苦悩する姿がとても素敵だったブルータスの瀬奈さん、演説シーンが最高だった霧矢さんがお気に入り。
以下ネタバレ注意
感想
【全体】
- 偉大な原作が作品を良くしている
原作はシェイスピアの「ジュリアス・シーザー」、「あの」が作者にも作品にもかかる超名作。原作の名シーンは本作品でも見どころになっている。
カエサルが王冠を未練の視線とともに王冠を振り払うシーン、カエサルがブルータスに刺されて自分の死に納得するシーン、ブルータスとアントニウスの演説シーン、久しぶりの晴れやかな表情で自刃するブルータスのシーンなど、原作で見たかったシーンを見事に表現してくれている。特にカエサルがブルータスに刺された際の表情、アントニウスが演説で豹変する様、そしてブルータスの最期の表情は秀逸。 - 終盤の見せ方が良い
アントニウスの演説で失脚してからのブルータスたちの描き方が良い。ブルータスの背中を押す役割だったポルキアはマクベス夫人のオマージュで発狂、ブルータスは神経衰弱気味でカエサル、カシウスの亡霊を見る有様。最後に自刃する時の晴れやかな表情がとても映える。ブルータスの遺体を見たアントニウスの敬意ある振る舞いや表情も良い。 - アントニウス、オクタヴィアヌスの描き方が良い
宝塚は稀に実在の人物に対してとんでもない描き方をするが、本作でのそこは安心。カエサルとブルータスという主演組はもちろん、アントニウスとオクタヴィアヌスもちゃんと扱われている。カエサルの死後強かに立ち回りあっという間に三頭政治の一角に収まったアントニウス、カエサルの遺志を継ぐ若きオクタヴィアヌスがきちんと良く描かれているのが良い。 - シリアスなのかギャグなのかわからない演出
冒頭から繰り広げられる関西弁の漫才、シリアスなのかギャグなのかわからない歌唱シーンで思わず思考が停止した。真面目な作品の箸休めのつもりなのだろうが、なぜこのような形をとったのかが全く理解できない。 - 歴史の予習が必要だが、予習すると疑問符が浮かぶ歴史解釈
カエサルが何故独裁を目指す必要があり、ブルータスが何故それを否定したかが作中で十分に説明されていないので、ローマ史か原作を予習しないと話についていけないだろう。しかしそれを予習すると、今度はこの作品の歴史解釈に疑問が浮かぶ。
男は誰もが王になりたいと歌っていたが、それではブルータスも王になる野心があるというミスリードに繋がってしまう。またブルータスを民主主義の先駆けと評していたが、彼はカエサルによる独裁を否定した理想主義的な共和主義者だろう。予習しないと話が見えず、予習するとその解釈に苦しむのは良くない点だろう。 - 歌詞の情報が少ない
ロック・ミュージカルの名にふさわしく歌が多いが、やけに情報量が少ない。「カエサルは偉い」などのフレーズをやたらリピートするが、欲しい情報があまり歌に乗ってこない。これも予習を必須としてしまっている一因だろう。
【個別】
- カエサル (轟さん)
力強い歌声とカリスマ性溢れる威厳がとても素敵。意外と出番の多くない役だが、ローマの未来を見据えた視野の広さ、王座を拒みつつも未練が残る眼差し、ブルータスなら理解してくれているだろうという慢心などをきっちり印象づけてくれるのは流石。ブルータスに刺された時の表情が素敵で、ブルータスならばと納得してしまったことが伝わる表情が絶妙。亡霊として出てきたシーンの迫力も素敵で、生前にも増して存在が大きく感じられた。 - ブルータス (瀬奈さん)
繊細で神経質な理想主義者ぶりがとても良かった。アントニウスの演説によって市民の支持を失った時の絶望した表情ともう1回演説しようとしている姿がとても印象的で、理想を追いすぎて民衆の心を読みきれなかった理想主義者ぶりが際立っていた。悩み苦悩している姿が目立つからこそ、最後に自刃するシーンでの晴れやかな表情がとても映えて素敵。 - ポルキア (彩乃さん)
かなり高音だと思うが、軽々と綺麗に歌い上げる姿がとても印象的。シェイクスピア作品なのでアレンジしても女性役が不遇なのはやむを得ないところだろうが、話に絡みずらい役割でも献身的にブルータスを支える姿がとても健気。 - カシウス (大空さん)
野心に生き抜いた原作よりは万人受けする役回り。ひと目見て彼がカシウスとすぐ解るほどに、抑えられない野心が見える表情が素敵。野心とブルータスへの屈折した友情、皮肉屋な性格と面倒くさい男要素たっぷりだが、それらが魅力として昇華されていてよかった。実はブルータスよりも現実が見えていて、アントニウスを終始警戒していて、あの演説で天命を悟っているのが伝わってくるのも素敵。 - アントニウス (霧矢さん)
個人的には影の主役で歌も演技も素晴らしい。カエサル暗殺時の道化ぶりからの豹変が見事。情けなかった表情がすっと締まり、力強い歌声で民衆を扇動し、民衆をけしかけた後にほくそ笑む姿はまさに未来の三頭政治で一角を務める男。このアントニウスの素晴らしさは霧矢さんの演技力と歌声があってこそだからだろう。演説後も三頭政治の一角に収まりつつクレオパトラに手を出す強かさも素敵。 - クレオパトラ (城咲さん)
前半はカエサルに媚び過ぎな気がしたが、アントニウスに対する挑発的な態度が素敵だった。エジプト女王はあのぐらい気品ある姿のほうが好き。 - オクタヴィアヌス (北翔さん)
カエサルの遺志を継ぐ若き後継者というポジションに相応しいフレッシュさが素敵だった。出番は多くないけれど、歌がとても上手だったのが印象的。