忠臣蔵 感想
―宝塚が誇る日本物の極致―

概要


忠臣蔵は柴田侑宏先生の脚本による作品。赤穂浪士の討ち入りをテーマにした作品で、当時の雪組トップスターである杜けあきさんの退団作品であり、旧東京宝塚劇場の最終公演。この公演以降一度も再演されていない作品でもある。

感想のまとめ


まるで時代劇を観ているような重厚感と宝塚らしい華やかさが調和した作品。時代背景を丁寧にまとめつつロマンスまで盛り込んだ脚本、見惚れるような美しい所作や台詞回し、伸びやかで力強い圧倒的な歌唱力とどこを見ても完璧。演技力も凄まじく、どのシーンも夢中になるほどに素晴らしい。
内蔵助を演じた杜さんの時代劇を飛び出したようなお侍様ぶり、浅野内匠頭を演じた一路さんの気品ある姿と鬼気迫る姿のギャップ、お蘭を演じた紫さんの表情の移り変わり、吉良を演じた星原さんの憎々しさが光る演技が特に印象的。

以下ネタバレ注意

感想


【全体】

  • 宝塚の日本物として極致の完成度
    脚本・演技のどちらも時代劇を観ているような重厚感で、良い意味で宝塚らしからぬ緊張感が漂っている。そこに衣装や歌、舞踊で添えられる宝塚らしい華やかさが絶妙に調和している。宝塚の日本物、さらに言えば時代物に対する認識が刷新される作品。

  • 非の打ち所のない脚本
    脚本を手掛けたのはあの柴田先生。大好きな先生なので期待値も高かったが、それを遥かに上回る素晴らしい脚本。重厚なテーマを綺麗にまとめつつ、時代背景を丁寧に説明し、男女のロマンスも盛り込まれた脚本は芸術の域。時代背景は雄弁に、男女の生き様は多くを語らないからこそのわかりやすさと感動が素晴らしい。忠臣蔵の重厚さをそのままに宝塚らしく落とし込んだ傑作だろう。

  • 多くを語らないからこその美しさ
    時代物だからこその、多くを語らない美しさが光る作品。妻や夫の見えないところで決意を固める美学が美しい。気持ちが動くときや決意を固める時の表情も素敵で、当時の雪組の高い演技力があってこその作品だろう。

  • 見惚れるような所作と聞き惚れる台詞回し
    時代劇としての所作がとても美しい。衣装の着こなしや身分に合わせた歩き方、舞うような殺陣などすべてが優美。華やかな衣装と美しい所作が相乗効果のように引き立て合っている。滑舌がとても良いのも特徴で、時代劇特有の台詞回しも聞き取りやすい。「日本物の雪組」という異名がしっくり来る素晴らしさ。

  • 圧倒的すぎるほどの歌唱力
    当時はスターの必須条件に「圧倒的な」歌唱力が含まれていたのかと思うほど、歌唱シーンが素晴らしい。歌う人が軒並み歌上手で、どの音域も安定して伸びやかで強めのビブラートがかかってくる。男役陣の低音、娘役陣の高音での安定感が特に凄まじく、重厚で感動的なストーリーをこの上なく盛り上げている。全員がエトワールを務めることができるような歌唱力で、数年後にエリザベートの初演につながる歴史を感じるものだった。

  • 再演されないことも納得の作品
    再演されていない傑作だが、観てみると納得の作品だった。日本物としての所作を極め、卓越した歌唱力を誇るメンバーを多数擁し、一人二役や難しい役柄をこなすことも必要。これらのハードルを乗り越える組が出てきてもその道は再演ではなく、宝塚に新たな代表作をもたらす道だろう。また、一から十まで説明することを好む現在の風潮も再演を遠ざけているかもしれない。


【個別】

  • 大石内蔵助 (杜さん)
    まさに時代劇から飛び出したようなお侍様。宝塚と言われなければわからないような、男性的で自然な所作や喋り方が素晴らしい。家老としての貫禄、女遊びをしている時の昼行灯ぶり、お蘭を前にした時の色気ある姿、家族の前での夫 / 父としての姿の演じ分けが完璧で、どれだけ日本物の経験を積めばこの域に達するのだろうと見惚れてしまう。
    歌唱もとても素晴らしく、力強く、そして朗々と歌い上げる様は圧巻。あの一路さんたちを率いる杜さんもとてつもない歌上手なので、雪組男性陣の歌唱力が凄まじいことになっている。

  • 浅野内匠頭 / 岡野金右衛門 (一路さん)
    気品ある浅野内匠頭がとても良い。藩主としての気品と誇りが漂う立ち振る舞いが美しく、内蔵助たちが慕うのも納得の人柄。涼し気な表情も素敵だが感情を荒げる姿も素晴らしく、吉良に斬りかかるシーンでの鬼気迫る姿がとても印象的。誰もが知るが故にハードルも高いシーンだが、それを軽々と飛び越えていく素晴らしさ。
    金右衛門としては誠実な人柄が素敵で、浅野内匠頭としての優雅さの代わりに素朴な印象がつくのが印象的。
    歌唱力はエリザベートで知っていたがやはり素晴らしく、どのシーンもいつまでも聞いていたい心地よさ。


  • 阿久里 / お蘭 (紫さん)
    阿久里の気品ある姿とお蘭の影のある気丈さの演じ方が素敵だった。お蘭としての出番が多いが、気丈な彼女がときおり見せる影がとても儚げで、結末を予感させるものがある。お蘭が内蔵助に惹かれていく流れを、僅かな台詞と表情で見せる演技力も素晴らしい。
    高音を綺麗に、そして軽々と歌い上げる歌唱力も素敵で、杜さんや一路さんとの歌唱シーンがとても良い。

  • 吉良上野介 / 吉五郎 (星原さん)
    僅かな時間で憎き敵役としての強烈な印象を与える悪役ぶりが見事。宝塚と言われなければわからないような演技と台詞回しで、浅野内匠頭が殿中で刃傷沙汰を起こすのも納得の憎々しさ。吉五郎としての出番は少ないが、親心の見せ方が素敵。どちらの役も1シーンで印象づけてくる演技力が素晴らしい。

  • 礒貝十郎左衛門 (高嶺さん)
    眼差しの印象かもしれないが、優しげな男性がとても似合っている。討ち入り前に琴の爪を握りしめながら見せる笑顔がとても素敵。歌唱力はこの時点でも折り紙付きで、高嶺さんを3番手における雪組の層の厚さは驚異的。

  • 堀部安兵衛 (轟さん)
    私の知っている貫禄ある轟さんではなく、当時は若々しく成長株であろう轟さん。和装の着こなしがとても自然で素敵。張りのある低音が素敵で、高嶺さんたちとの歌唱シーンでの響き方がとても良い。

  • 小林平八郎 (泉さん)
    吉良側の剣客で、強者とわかる貫禄が良い。討ち入りの際にあっさりと斬り捨てられたのが意外なほど凄みがある名悪役。お蘭を斬り捨てる時に見せる平然とした姿が憎くて好き。