概要
かもめ・ワーニャ伯父さんはロシアのチェーホフによる作品。かもめ、ワーニャ伯父さん、三人姉妹、桜の園はチェーホフの四大戯曲と呼ばれる作品で、本書はそのうち2作を収録している。
「かもめ」は作家志望のトレープレフ、女優志望のニーナ、人気作家のトリゴーリン、大女優でトレープレフの母アルカージナなどの登場人物の人生を描いた群像劇。ニーナのモデルなど、チェーホフ自身の身の回りで起こった出来事が随所に散りばめられている作品でもある。
「ワーニャ伯父さん」は退職した大学教授の屋敷を舞台にした作品で、登場人物たちの人生観が絡み合う群像劇である。
感想のまとめ
「かもめ」はチェーホフらしい静的な物語で、ゆったりと腰を据えて読むのがおすすめの作品。ニーナとトレープレフが最後に会話するシーンの美しさは必見で、芸術的な名シーン。登場人物たちの噛み合わなさ、作品を通じて語られる人生への希望が魅力の作品。
「ワーニャ伯父さん」はワーニャ伯父さんの生き様に無情さを感じる作品で、どこまでもやるせない。やるせなさの果てに見出した結論が魅力の作品。
以下ネタバレ注意
感想
【かもめ】
- チェーホフらしい静的な物語
チェーホフのイメージ通りな作風で、とても静かな作品。劇的な物語が、屋敷の中で淡々と進んでいく。登場人物の心情や人生観をじっくりと楽しめるので、ゆったりと時間をかけて読むべき作品。 - 眩しさを感じるニーナの人生観
愛するトリゴーリンに捨てられ、子どもを失い、女優としても順風満帆とはお世辞にも言えないニーナ。それでも忍耐が大切だと考え、憧れだった女優としての人生に希望を抱いて生きていく。悲劇を悲劇で終わらせず、人生への希望を描くチェーホフの素晴らしさが詰まっている。 - ニーナと対照的で悲痛なトレープレフ
希望を持って生きていくニーナとは対照的に、トレープレフの生き様は悲痛の一言。作家として成功したが、欲しかった物を未来永劫得られないであろう彼が自殺を遂げるのはやむを得なかったのだろう。母は自分の作品を読みもせずにトレゴーリンと懇意にしていて、ニーナは一人で自立して生きていき、しかもトレゴーリンを未だに愛している。作家であることが救いにならない彼にとって、ニーナとの最後の会話は生きる道を完全に失ったことを自覚するものだっただろう。 - トレープレフとニーナの最後の会話が残酷で美しい
トレープレフとニーナの会話はクライマックスに相応しい名シーン。社会的立場こそ気鋭の作家と落ちぶれた女優だが、内面は大きく異なる。生きる道を見出して輝きに満ちていくニーナと、そんなニーナを見て生きる道を失った絶望に包まれていくトレープレフ。光が強いほど影が濃くなるように、希望と絶望のコントラストが残酷でとても美しいシーン。 - どこまでも噛み合わない無情さ
この作品は驚くほどに何もかもが噛み合わない。恋愛関係も一方通行で、誰も彼もが報われない。長い時間をともにしている割に相互理解もできず、最後はトレープレフの自殺という形で歪みが露呈する。かなり悲劇色が強いが、実は喜劇に分類されるこの作品。喜劇かと言われると躊躇うが、悲劇要素も楽しみつつ、悲劇でを終わらない作品としても楽しめる。
【ワーニャ伯父さん】
- どこまでもやるせない作品
ワーニャ伯父さんの人生を思うと、どこまでもやるせない作品。人生の大半を捧げて支援したセレブリャコーフは凡人で、気がついた時には青春が過ぎ去った後。残りの人生もただじっと耐え忍び、働いて生きていく。覆水盆に返らずとは言うが、あまりにも無情。 - やるせなさに一筋の希望を見せるクライマックス
クライマックスで力なく嘆くワーニャ伯父さんと、この世ではなく死後に希望を持って日々を耐えて生きようとするソーニャが幕を引く。この日々を耐える姿勢がチェーホフの描く希望であり、描きたかったシーンなのだろう。決して強烈な光ではないが、やるせない作品故にこの一筋の希望がとても尊いものに思えるのは素晴らしい。