概要
ジュール・ヴェルヌの「海底二万里」に登場するネモ船長を主役に、谷正純先生が脚本・演出を手がけた作品。
捕鯨船の遭難が相次ぐ海域を調査するため、イギリス海軍のラヴロック少佐は海洋学者のジョイス博士、モリエ博士の娘レティシア、人違いで新聞記者のシリルを拉致し、半ば強制的に調査を依頼する。その矢先に艦隊が謎の沈没を遂げ、一同は謎に包まれた島に漂流し、そこで謎の人物ネモ船長と出会う。
感想のまとめ
ずばり愛おしい迷作。欠点がとても多い脚本だが、欠点が絶妙なバランスで噛み合って、終盤での奇跡的な感動を生み出した作品。決して名作ではないけれど、何度見ても良かったと思える作品で、見終わる頃にはマトカの家族になりたいと思ってしまう怪作。この作品が心に刺さると、マトカの人々の優しさと温かさに涙が止まらなくなる。
イチオシは格好良いビジュアルと雄大なダンス、深い優しさが伝わってくる歌と演技が素敵なネモ船長を演じる彩風さん。フィナーレのダンスシーンでの格好良さは必見。
観劇日
2018年12月 DVDでの視聴が初回。何度も視聴している大好きな作品。
以下ネタバレ注意
感想
脚本・演出
一言で言うならば愛おしい迷作。お世辞にも上質な脚本とは言えないし欠点も多い。けれど多数の欠点が絶妙なバランスで噛み合って、終盤での奇跡的な感動を生み出した作品。決して名作ではないけれど、何度見ても良かったと思える素敵な作品。狙って再現できるとは思えないし狙うべきでもないけれど、怪作だと思う。気づけば視聴者をマトカの家族に引き込む、凄まじい魅力を誇る作品。一歩間違えば空中分解しそうなこの作品をまとめ上げた、彩風さんを始めとしたメンバーの演技が凄まじく光る。
良いポイント
- 演技がすごい
一歩間違えば空中分解必至のこの脚本。見事に成立させたのはこのメンバーの演技がすごいからだと思う。この作品を成立させるにはこれしかないという、超然としたネモ船長を見事に演じた彩風さん、序盤の導入役から終盤に本性を出して豹変し、そして自分の行いを悔恨するまでを表情豊かに演じた永久輝さん、悔恨するシリルを気遣う演技やフィナーレでの感動の先駆けとなる華形さん、独りマトカに引き込まれずにいるが、最後の最後にマトカの人々を守るために軍服を脱いだラヴロック少佐を演じた朝美さんの演技が特に素敵。 - 終盤の感動的な展開
終盤は力技とも言えるほど感動的なシーンが続き、幕が下りる頃には感動で胸がいっぱいになる良い展開。
ロシア艦隊からマトカを守るために、ノーチラス号と共に海に還る決意をするネモ船長たち。ロシア艦隊を呼び寄せたシリルを許すマトカの人々。マトカの人々のために軍服を脱いだラヴロック少佐と、彼をモールス信号で受け入れるマトカの人々。初めて素直になり、ネモ船長と共にいることを選んだレティシアとネモ船長が心を通わすひととき。そして海底火山へ向かうノーチラス号で締めくくるクライマックス。力技だけど許しと優しさ、愛と決意に満ちた終盤は何度見ても感動する良いシーン。 - 作品の魅力を跳ね上げるフィナーレ
フィナーレではマトカの人々が笑顔で幸せそうに歌いながら登場する。色々思うところは沢山ある作品だが、「あぁこの作品はとても良かった。マトカの人々は幸せで最高じゃないか。」と思える最高のフィナーレ。この作品の全ては、この瞬間のためにあるのなのかもしれない。 - 印象に残る良い曲揃い
強烈な印象が残る「ボンゴ」、勇ましさの中に懐かしさを感じるノーチラス号メンバーの「海に愛を残そう」、二つの歌が交わり合ってひとつの歌になる「心に届く言葉」、終盤で感動を巻き起こす「それぞれの道」と「優しさを残そう」、そしてフィナーレのアンコール。楽曲はどこをとっても素晴らしい。
愛される迷作ポイント
- やりたいことはわかるけどこれはと思う脚本 (やりきる姿勢は大好き)
全編通せば脚本で書きたかったことはなんとなくわかるし、マトカの人々の優しさは心に染みるし、ネモ船長たちのメッセージも強烈。ただし他にやりようはなかったのかと思う強烈な脚本が、この作品最大の迷作ポイントだと思う。ただしやりたかったことは何となく分かるし、テーマを書き切るという強い意志がビシビシと伝わってくるので、そこが刺さる人には強烈に刺さる気がする。 - 理解の追い付かない第一幕 (作品の楽しみ方を教えてくれる第一幕)
何度見ても流れに置いていかれる第一幕。全くついていけない展開に、この作品は一体どうなってしまうのだろうという恐怖すら感じる。ただしこの欠点が、考えるより感じる作品だという心づもりをさせてくれて、第二幕終盤での感動を呼び込む良い布石になっている。
イギリスの軍艦が沈没し、謎の島マトカへ漂流。そこに言葉の通じぬインド系のラニが現れる。視聴者側はすでに疑問をたくさん抱えた状態で、本作の主役であるネモ船長が現れる。マトカとは、ネモ船長とは何だろうと気になるこの場面で、ネモ船長が歌い上げるのはボンゴの歌。疑問は全く解決されず、むしろ疑問を振りまきながら駆け抜けていく。けれど作品を感じる準備をすべきなのだから、これはこれで良いのかもしれない。 - ネモ船長の異常なカリスマ (考えるより感じるべき。理由は後半までお預け)
マトカの人々からの親しみというよりも尊敬を一身に集め、ジョイス博士たちにもマトカでの生活をあっさりと選ばせる。どこか超然とした様も相まって、まるで教祖のようなネモ船長。彼が慕われる理由は第二幕で明らかになるが、これは感じるべき作品。マトカの人々が幸せでいる姿から、彼は慕われるだけの事をしたのだと納得して視聴を続ければ、第二幕でそういうことかと納得できる。しかも気づけばネモ船長を大好きになってしまうから、やはりカリスマなのかもしれない。 - 第一幕終盤から第二幕序盤の流れ (不安は感動するためのエッセンス)
ヴェロニカに刺された後に周囲の静止を振り切り、愛のために生きろとヴェロニカを諭すネモ船長で終わる第一幕。演出の古さを感じつつ、ネモ船長の安否が気になる幕引き。そして気になる第二幕の最初はダンスシーン!美しいけれど安否が気になって仕方がない展開。初回視聴時はこの辺りで、この作品だダメかも、と思ってしまったけれど、それゆえに後半の尻上がりの展開に驚いた。期待感を適度に調整する良いバランスのシーンだと思う。 - クライマックスでの大轟音 (衝撃的で癖になるクライマックス)
第二幕中盤以降は素直に感動する良いシーンが続き、ノーチラス号を共に海に還してマトカを守る感動のクライマックス。歌と踊りで感動の最高潮の中で幕が下りた瞬間に轟く大轟音。余韻も吹っ飛び涙も引っ込む終わり方で、確かに幸せであれというメッセージと言っていたけれど、本当にやるかというこの思い。びっくりするけれど、この轟音が恋しくなる凄まじい中毒性を発揮している。この作品らしい絶妙な終わらせ方。
個別
- ネモ船長 (彩風さん)
この公演は彩風さんの活躍抜きでは語れない!一歩間違えれば人間味ゼロになりかねないこの役を、人々に慕われる船長に昇華させた超然とした演技が絶妙。特に素敵なのは終盤の「心に届く言葉」を歌い終えた後のレティシアとの抱擁シーン。ガシッと抱きしめるわけではなく、そっと手を添えるだけの彼がとても好き。他にも「科学者の挟持を!」のシーンでの、マトカの指導者としてではなく一人の人間としての意地やプライドを感じさせるシーンもとても印象的。正統派で格好良い見た目、深い優しさが光る演技、ゆったりと雄大なダンス、レティシアを包み込むような歌声とマトカの指導者としての勇ましい歌声と彩風さんの色々な姿を見られて大満足。特にフィナーレのダンスシーンはビジュアル・ダンスともに凄まじく格好良いのでオススメ。 - レティシア (彩さん)
中盤以降の感情あふれる演技と美しい歌声の両方が素敵。父親のモリエ博士と再会したシーンで感動できるのは、彩さんと汝鳥さんの演技があってこそ。好きなシーンは終盤の「心に届く言葉」でのデュエットシーン。二人のばらばらな歌が一つに合わさる時の感動と、歌った後に感極まってネモ船長に抱きつくレティシアがすごく素敵。 - ジョイス博士 (華形さん)
懐の大きな男でとても良い。周囲を気にかけつつも、いち早くマトカの生活に適応していくジョイス博士の自然な変化が素敵。好きなシーンは終盤でシリルの肩をガシッと掴むシーン。あの肩の掴み方に彼の優しさが込められていて、思わず涙が出る名シーンになっていると思う。 - ラヴロック少佐 (朝美さん)
序盤のすごい顔が印象的で、それが後半にすごく活きてとても素敵。まさに白い目と言わんばかりの眼差しを向け、イギリス海軍の軍服がトレードマークで心に焼き付く序盤の演技。この印象が焼き付いた後に、終盤で軍服を脱いでマトカの一員となり、受け入れられたら笑顔を浮かべる。序盤の印象が強烈だからこそ、笑顔を見た時の感動が大きくなる素敵な演技がとても良い。 - シリル (永久輝さん)
序盤の愉快な新聞記者、終盤でのロシアのスパイ、最後でのマトカの仲間と色々な姿を見せてくれる演技がすごく良い。最初は永久輝さんの長いセリフで物語が進むけれど、テンポよく聞き心地の良い台詞が印象的。終盤で悪そうな表情に豹変するシーンとその表情が悔恨へと変わるシーンもまた素敵で、台詞と表情がとても良くて好き。 - レム (久城さん)
笑顔が素敵な船員さん。ネモ船長やマトカのことが大好きなのが伝わってくる演技、見ていて清々しい気分になる笑顔、勇ましい歌声と出てくるシーンがとても印象に残って素敵。