ロミオとジュリエット (2012年月組) 感想
―卓越した演技力でねじ伏せた公演―

概要


原作は誰もが知っているシェイクスピアの恋愛悲劇。ジェラール・プレスギュルヴィックによるミュージカル作品を、小池修一郎先生が潤色・演出した公演。宝塚では3回目の公演。
14世紀のイタリア・ヴェローナを舞台に、対立している家柄のモンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットが恋に落ちるが、運命の悪戯によって悲劇となってしまう物語。原作から変更点もいくつかある公演。

 

感想のまとめ


優れた演技力が魅力で、細かな仕草の魅せ方が素晴らしい。演技力が高いだけでなく、歌唱力にも優れたメンバーが多いので歌のクオリティも高い。はまり役というよりは実力で役をねじ伏せている印象を受ける点が面白い。普遍的な愛と死に対してロミオたちの決断が運命を決めていく、人間ドラマの様相が強いロミオとジュリエットだった。
表情や仕草などの見せ方が非常に巧みな龍さんのロミオ、歌・演技・ダンスのすべてが凄い愛希さんのジュリエット、シェイクスピアは戯曲作家だと思い出させる役作りと歌唱力が素晴らしい美穂さんの乳母、若手であることを全く感じさせない貫禄と歌唱力の輝月さんの大公が特に印象的。

 

以下ネタバレ注意

感想


原作を何回も読んでいる視点での感想。ミュージカル版に伴う変更点などは ロミオとジュリエット (2010年星組) 感想 に記載しているので割愛。

【全般】

  • 卓越した演技力
    この月組公演は演技力が凄まじい。実は得意ではない役柄では?という人もいるが、演技力で役を合わせている印象。表情や細かな仕草が巧みで、芝居の月組という異名を実感できる。主演の二人の演技が巧みで、恋に落ちた時の表情や互いしか見えていない様子がとても素敵。ロミオの腕の下からマーキューシオが刺されるシーン、乳母がロミオを貶めてパリスを持ち上げるシーンなども、演じ方のおかげで流れや心情がわかりやすくなっている。まさに上質な演劇作品。

  • バランス良く歌が良い
    男役娘役ともに歌が良い。はっきりとした発音で聴きやすい龍さんのロミオ、どの音域も抜群の安定感を誇る愛希さんのジュリエット、聞き惚れる声質の明日海さんのティボルト、過去一番に力強いタイプの星条さんのベンヴォーリオ。専科から英真さんのロレンス神父と美穂さんの乳母という卓越した歌唱力のコンビに大抜擢の輝月さんの大公。バランス良く歌唱力の高いメンバーが揃っているので、聴き応えがとても良い。

  • 夢見がちなロミオを中心としたモンタギュー三人組
    龍さんのロミオは第一印象よりも表情豊かで、繊細な夢見がちな青年。ベンヴォーリオは力強いタイプで、ロミオの友人兼用心棒で、マーキューシオのお目付け役も兼ねている苦労人な印象。マーキューシオはマイルド系なチンピラ。年齢が近そうなのは初演と同じだが、ロミオが夢見がちな分だけベンヴォーリオがしっかり者になっている。

  • 母親似で気の強いジュリエット
    愛に対する考え方は真逆だが、母娘だなぁと納得できるジュリエットとキャピュレット夫人。気が強くて行動力に優れていて、長期的にはロミオと破局しそうなジュリエット。けれどこのジュリエットだと乳母への皮肉がとても似合っているし、原作のイメージにも近かったので好み。

  • 孤独の苦悩が色濃いティボルト
    明日海さんのティボルトは孤独感がかなり強い。孤独で誰にも理解されない現状へのいらだちが強く、すり寄ってくるキャピュレット夫人は嫌そうに振り払う。狂気よりも理性的な苛立ちが目立つティボルトで、悲劇の主人公タイプ。

  • 人間ドラマ系のロミオとジュリエット
    ヴェローナの民の意思が強く、愛と死が全面に出てこない分人間ドラマの様相が強い。愛と死は普遍的な自然現象で、あくまで運命は人の選択によって決められるという印象。これもまた演劇作品要素を強めているのかもしれない。

  • 変則役替わり公演
    この時期の月組は特殊な体制だったようで、龍さんと明日海さんが役替わりで主演を演じている。フィナーレでは二人のロミオが階段降りをしてくるという、唯一の公演になっている。

【個別】

    • ロミオ (龍さん)
      とても繊細で夢見がちな、少しかわいいロミオ。表情がコロコロ変わり、まさにまだ見ぬ恋を探しているロミオだった。ジュリエットと出会ってからの表情が本当に素敵。ストーリーをわかりやすくする見せ方が非常に巧みで、マーキューシオとティボルトの間に割って入る時に腕の下をしっかりと空けているのがとても印象的。歌はセリフをかなりはっきり歌うタイプなので、演じ方も合わせて初見の人にとても優しいトップスターさんに思えた。

    • ジュリエット (愛希さん)
      実は大好きな娘役さん。歌、演技、ダンスのすべてが上手で凄い。おそらくもっと圧の強い女性が得意なのだろうが、圧倒的な技術力で役を完璧に演じるのは流石。特にどの音域でも安定している歌が素敵。ジュリエットとしては気が強く、己の意思で死へと向かってしまう悲劇になっている。夢見がちなロミオとはいつか決別しそうなのが面白い特徴で、実は原作に近いジュリエットだと思う。

    • ティボルト (明日海さん)
      苛立ちが全面に出ていて、孤独感が強い悲劇の主人公タイプのティボルト。狂気が弱めで苛立ちが強く、気取り屋で理性的。役替わりの影響なのかはまり役!という様子ではないのが少し意外。実は苦手な役柄なのかな?という気もするが、それでも抜群のビジュアルと歌唱力、そして演技力で役に合わせて来た印象。階段降りのロミオが僅かなシーンでもはまり役だと伝わってきてしまったので、明日海さんにとっては大変な公演だったのだろう。

    • マーキューシオ (美弥さん)
      初演の紅さん版を思わせるタイプのマーキューシオ。表情の変化が激しく、どこかチンピラ風で狂気は抑えめ。狂気を抑えたせいか少し存在感が弱めで、三人組で少し薄い印象だった。

    • ベンヴォーリオ (星条さん)
      体格なのか声質の影響なのか、とにかく力強そうなベンヴォーリオ。跡取りの友人のイメージにピッタリで、モンタギュー卿からは用心棒も任されているだろうなという印象。マーキューシオの手綱を握りつつ、最優先はロミオという意識に見えた。だからこそ決闘のシーンでマーキューシオを止められなかったことを後悔し、最後にロミオまで失ってしまった絶望感が強くて素敵だった。

    • ロレンス神父 (英真さん)
      初演に引き続き、今度は専科での出演。2回目で経験値を生かして、抜群の安定感。抜群の歌唱力と、ヴェローナで頼られているであろう雰囲気、ロミオとジュリエットの亡骸を前にした時の絶望と流石のプロフェッショナル。

    • 乳母 (美穂さん)
      演劇作品が原作であることを思い出させる役の作り込みがとても深くて凄い。乳母の言動に合わせたコメディ風なメイクや動き、綺麗は汚いのシーンではその歌唱力で場を盛り上げ、ジュリエットを想うシーンでは歌い方を変えて涙を誘う。シーンを盛り上げる名脇役で、流石美穂さんと感心する役だった。

    • 大公 (輝月さん)
      当然のように威厳を出し、ヴェローナを治める貫禄ある大公。観終えた後にまだ若手だったと知って衝撃を受ける素晴らしさ。大抜擢されたのも納得の演技だった。公私を分けて感情を抑えてきた大公が、マーキューシオの死を目の当たりにしてこらえきれなくなりそうな様子がとても素敵だった。

    • 死 (珠城さん) / 愛 (煌月さん)
      今作での二人は場を支配すると言うよりも普遍的な自然現象というイメージ。思い切り押し出すのではなく、気づくと隣りにいるタイプなので、人間模様の強い月組版にはとても合っている印象だった。

    • キャピュレット卿 (越乃さん)
      キャピュレット家の女性陣が強いせいか、傲慢さの代わりに善意が強いキャピュレット卿。キャピュレット家の将来を案じて、ジュリエットにもティボルトにも善意で働きかけているのに、全く報われない不憫さが好き。

    • キャピュレット夫人 (憧花さん)
      すごく気が強そうな夫人で、この母にしてこの娘あり、という親子ぶりが好き。キャピュレット家を実質支配しているのは彼女だろうな、と思わせる貫禄が素敵。

    • パリス伯爵 (紫門さん)
      まさにノーブルで、家柄にも資産にも代々恵まれた家系だろうなと思わせる雰囲気がすごい。正直このパリス伯爵なら、キャピュレット卿も喜んでジュリエットを結婚させるなと納得のパリス像。仮面舞踏会でジュリエットが退出した後も場を盛り上げていたり、善人ぶりが目立つところも好き。