概要
蒼穹の昴は浅田次郎による長編小説で、原田諒先生による脚本・演出作品。西太后の君臨する清国を舞台とした時代小説で、李春雲と梁文秀という架空の人物たちを中心に描かれた物語。原作では春雲が主役だが、宝塚版は文秀が主役となっている。
感想のまとめ
全4巻もの超大作を2時間という枠にうまく収めた大作。原作のイメージを尊重した配役、雪組と専科による重厚な演技、豪華絢爛な衣装や舞台を大きく見せる巧みな演出が素晴らしかった。削られた要素や改変された要素に不満がなくはないが、これだけうまくまとめられるのは原田先生だけだろうという会心の作品だった。
はまり役が多すぎるが、目を中心とした表情や仕草で機微を見せてくる彩風さんの梁文秀、全身全てでコンプレックスを表現している真那さんの袁世凱、宮中での振る舞いと内に秘めた思いの演じ分けがとても素敵だった一樹さんの西太后、宦官の存在を強烈に印象付けた透真さんの李蓮英が特にお気に入り。
以下ネタバレ注意
全般
- 超大作をうまくまとめた公演
全4巻もの超大作を2時間という枠にうまく収めている。大胆に削られたシーンも多いが、脚本の改変によって影響を最小限に留めている。これだけ器用にまとめられるのは原田先生だけだろう。 - 原作のイメージを尊重した配役
群像劇で配役の比重を調整しやすい原作で、専科から6名も出演しているこの公演。原作のイメージを尊重した配役となっていて、多くの役がイメージ通りになっている。文秀や春児はもちろん、西太后や康有為、李蓮英、袁世凱や伊藤博文はまさにハマり役。 - 重厚かつ物語の理解をサポートする演技
久しぶりのシリアスな作品にふさわしい、威厳や迫力のある重厚な演技が素晴らしかった。わずかな言動や仕草で登場人物の機微を見せる演技も特長で、駆け足のストーリーを理解する助けになっている。 - 豪華絢爛な衣装
豪華かつ細やかな刺繍が施された衣装はまさに芸術。オペラグラスで衣装を見てしまうレベルの公演なので、いつの日か宝塚の殿堂で公開されるのが楽しみ。 - 舞台を大きく見せる巧みな演出
舞台の見せ方に定評のある原田先生らしく、奥行きを使った演出が巧み。終盤で春児が走ってきた長い壁が、文秀たちの搭乗する船に転じる演出が印象的。宮中も奥行きを感じさせる舞台機構で、舞台を広く感じる公演だった。 - 名曲ぞろいの歌唱シーン
「宿命の星」や「昴よ」をはじめ、どの曲も場面にぴったりで素晴らしかった。特に「宿命の星」は作品を象徴するような壮大さで、一度公演を観れば間違いなく記憶に残る名曲。 - 公演時間の限界を感じる脚本
原田先生は巧みにまとめたが、それでも原作の面白さは半減している。春児のエピソードや宮中の権力争い、西太后の負の側面、乾隆帝の話はほぼカット。政治劇とヒューマンドラマとが絡み合った壮大な物語を、わずか2時間でまとめることは不可能だったのだろう。ただ原田先生の脚本が悪かったとは思えず、逆に脚本が良かっただけに2時間という枠の限界を感じた。 - 善性の強すぎる西太后
作中のテーマの一つである、西太后を悪役にしないことに拘泥しすぎた感が強い。原作では感情的で苛烈な西太后が実は国を憂う女性である側面を、乾隆帝の霊との会話で表現している。公演では乾隆帝を省いたこともあり、苛烈な要素を省くという手法に出ている。それによって西太后が名君のようになり、文秀たちが改革を急ぐ正当性を失ってしまっているのが残念。 - 苦悩を感じる改変
大幅なカットに合わせた帳尻合わせの他に、宝塚らしくしようとした改変もいくつかある。文秀にも昴の星が浮かんでいたり、文秀の妻を省いたり、順桂が自爆前に名乗りを上げたり、袁世凱の説得に文秀が赴いた点など結構数が多い。個人的には不要な改変だったと思うが、周りの反応を見ると文秀の妻を省いた点は好評なのでニーズに合っているのだろう。 - 娘役の出番が少なすぎる
原作を読んだ時点から懸念していたが、やはり娘役の出番が少ない。予想通りといえば予想通りだが、娘役を好きな人には少し辛い公演。
個別
- 梁文秀 (彩風さん)
本作は間違いなく彩風さんの代表作。まさに原作通りのの梁文秀というハマり役。状況を俯瞰できる冷静さ、改革に燃える内なる熱さ、春児や玲玲の前で見せる年長者としての振る舞いのどれもがイメージ通り。号泣しながらの迫真の演技がとても印象的で、出番の間隔があっても全く影響されない彩風さんの強みが活きていた。ファントムのキャリエールや壬生義士伝の大野など、制約のある立場での表情や仕草による表現が上手な彩風さんの強みが発揮されていて素晴らしかった。第一幕最後の力強い眼差しや楊喜楨の死を偽装する際の一人だけ冷静な視線など、目を中心とした表情で語る演技が素敵だった。歌唱シーンも低音が力強く、文秀の意思の強さを感じることができて素敵だった。特に第一幕の最後での歌唱シーンが素晴らしかった。原作に忠実な役作りをしてくれる彩風さんが主演だからこそ、作品の良さが前面に出ていて素晴らしい公演だった。フィナーレでは相変わらず軸がブレない体幹が素晴らしく、群舞もデュエットダンスも綺麗だった。 - 李玲玲 (朝月さん)
退団公演での出番が少ないのは残念だが、朝月さんらしさを存分に発揮していた。序盤の幸薄そうな雰囲気が、中盤以降の温かな雰囲気になる変化が素敵だった。真っ直ぐな役柄に合わせた澄んだ歌声も素敵で、船出のシーンでのドレス姿も綺麗だった。 - 李春児 (朝美さん)
朝美さんの良さがピタッとハマる役だった。希望に目を輝かせる表情がとても印象的で、幼さが強い少年期と宦官として落ち着いた振る舞いを見せる青年期の演じ分けも素敵だった。文秀を説得する際に思わず昔の春児に戻ってしまうシーンがとても良かった。京劇のシーンも綺麗で、ギラついていない朝美さんの強みを堪能できた。 - 李鴻章 (凪七さん)
威厳ある落ち着きぶりはまさにジェネラル・リー。壮年期の落ち着きと力強さを併せ持つ貫禄の出し方がとても素敵だった。 - 順桂 (和希さん)
歌唱シーンがとにかく強烈。文秀、順桂、王逸の3人で歌うシーンでの低音が特に素晴らしく、力強いハーモニーが素敵だった。ソロの歌唱シーンも澄み渡った空に映えていてとても良かった。 - 光緒帝 (縣さん)
座っていても溢れ出る華はまさに清国の皇帝。原作での聡明なエピソードを削られたこともあり、聡明さよりも純真さを押し出しているように感じられた。結果として、康有為を信じ切ってしまうシーンの説得力が増していて良かった。 - ミセス・チャン (夢白さん)
怪しい女性ぶりがとても似合っていて、出番を削られていたことが残念。暗躍するタイプの役が似合うだけに、今後トップ娘役としてどのような役を演じるかが楽しみ。 - 白太太 (京さん)
イメージよりも人情のある老婆だった。声も動きも老婆のそれで、さすがの役作りだった。 - 伊藤博文 (汝鳥さん)
出番は少ないがワンシーンでしっかりと印象付けてくる流石の貫禄。何度も頷きたくなる説得力に満ちた台詞回しがとても印象的。ビジュアルもまさに伊藤博文という完成度の高さ。 - 西太后 (一樹さん)
宮中に君臨する威厳ある姿と、光緒帝を想う慈しみに満ちた姿の演じ分けがとても素敵だった。第二の主役と言っても過言ではない存在だが、それに相応しい存在感だった。本当に素敵だったからこそ、原作にあった苛烈な姿も見てみたかった。 - 楊喜楨 (夏美さん)
文秀たちの台頭を喜ぶ親心を感じさせる穏やかさと、宮中で西太后や栄禄と対立した際の堂々たる格好良さが素敵だった。 - 栄禄 (悠真さん)
眉がそうしているのか、人目で悪役だとわかる佇まいやふてぶてしい態度がとても素敵だった。わかりやすい悪役で嫌な男だが、それがとても良かった。 - 康有為 (奏乃さん)
話すとすぐに分かる夢想家ぶりが印象的で、康有為を信じることの危険性がすぐに伝わってきて良かった。光緒帝との歌唱シーンが素晴らしく、光緒帝が彼に惚れ込むのも納得の魅力に満ちていた。 - 李蓮英 (透真さん)
個人的には原作序盤のキーパーソンだと想っているが、まさに原作通りで素晴らしかった。序盤で宦官の権力と不気味さを印象付けていくシーンがとても素敵で、あの枯れ気味で不気味な笑い声がとても良かった。 - 袁世凱 (真那さん)
立っているだけでもずっと見ていたくなる演技が素晴らしかった。一目でわかる挙人への強烈なコンプレックスが印象的で、文秀たちと話している際にも態度にでている見せ方が良かった。表情や声色、態度や仕草の全てを使ったコンプレックスの表現がとても素晴らしかった。 - 岡圭之介 (久城さん)
声の通りが良いのでストーリーテラーはまさにハマり役。長いセリフでもスラスラと頭に入ってくるのでありがたかった。文秀のふりをして記者会見を終えたあとの、ひと仕事してやったぞ、という晴れやかな表情が印象的だった。 - 安徳海 (天月さん)
最初は誰が演じているかわからないほど自然な老人ぶりと風貌で、とても素晴らしかった。 - 譚嗣同 (諏訪さん)
押し出しの強いイメージがあったが、譚嗣同をイメージ通りに演じていてとても器用だった。挙動不審気味な落ち着きの無さや、一途で真っ直ぐな優しさの見せ方、己が信念に殉ずる力強さがとても素敵だった。 - 黒牡丹 (眞ノ宮さん)
春児の師匠としての貫禄があり、とても良かった。京劇のシーンも動きが綺麗で、美味しい役への抜擢に対して素晴らしい演技だった。 - 王逸 (一禾さん)
かなりの抜擢だけれども、力強い演技が王逸にぴったりだった。 - 鎮国公載沢 (咲城さん)
個人的にかなり攻めた面白い役作りだった。記者の質問に対してノリノリでYesと返事をする軽さは、鎮国公載沢のあまり信頼できない軽々しさと舞台映えを両立して好みだった。