王家に捧ぐ歌 (2022年星組) 感想
―圧倒的な歌唱力が素晴らしい―

概要


ヴェルディのアイーダをモチーフとした作品で、木村信司先生による脚本・演出。エジプトの将軍ラダメスと、エジプトの捕虜となったエチオピア王女アイーダの悲恋を描いた物語。星組・宙組で上演されている公演の再演である。

感想のまとめ


ライブ配信での視聴。
圧倒的な歌唱力と演技力が際立っていて、歌を浴びるタイプの作品。わかりやすい対立軸と抜群の歌唱力で謳われる、愛と平和というテーマが際立っている。舞台機構や衣装は簡素で、良く言えば歌や演技に集中しやすい公演。
歌と演技が際立っている礼さんのラダメスと有沙さんのアムネリス、セリフがなくても気持ちが伝わってくる天華さんのケペル、アイーダの悪印象を抑えてヒロインに仕上げた舞空さんがお気に入り。

以下ネタバレ注意

感想


【全般】

  • 心ゆくまで歌を浴びる公演
    原作がオペラなこともあり、歌唱シーンが非常に多い。ラダメス・アムネリス・ファラオなど主要メンバーの歌唱力が高く、愛と平和を謳う作品の説得力を格段に増している。舞台機構や衣装が控えめな分、圧倒的な歌唱力と演技力が際立った素晴らしい作品。

  • わかりやすさ重視の対立軸
    エジプトとエチオピアの対立軸がわかりやすく描かれている。富める国で傲慢なエジプトと、貧しき国で復讐に燃えるエチオピア。衣装の色まで分ける徹底ぶりで、両陣営の対立軸を追いやすくなっている。

  • 荒々しい世界観で際立つテーマ
    ロミオとジュリエットでも感じたが、星組は荒々しくて物騒な世界観が得意な印象。星組の作り出す世界観や捕虜を嬲るエジプト陣営のシーンなどで、争いの虚しさが強調されている。そのおかげで平和を謳うこの作品が輝いて感じられた。

  • 舞台機構や衣装は簡素
    別箱公演ということもあり、舞台機構は簡素。よく言えば役者に集中できる環境で、悪く言えば少し地味。衣装の地味さが少し気になる公演で、エジプト側は豊かと言う割に大したことないのでは?という印象を受けた。

  • 冷静になるとアイーダが悪い気もする
    観ている最中は感動していたが、振り返るとアイーダが諸悪の根源に思えなくもない。ラダメスの秘密を暴露し、エチオピア陣営にファラオ暗殺という争いの機会をもたらす。エチオピアが滅んだ際も自身の所業を反省するよりも父を糾弾し、自分のために愛に生きていく。ファラオを継いでエジプトのために生きる決意をしたアムネリスと比べてしまうと、あまりに酷い気もする。

【個別】

  • ラダメス (礼さん)
    観るたびに思うが圧倒的な実力で作品のクオリティを跳ね上げている。どんな作品でも礼さんならば大当たりになるだろう、そう思わせるだけの実力を感じる。作品の説得力を跳ね上げる歌唱力も素晴らしいが、演技が際立って素晴らしい。ラダメスが平和を謳うときの、彼だけが見ている景色が違うことに気付かない距離感が絶妙。地下牢での憔悴した表情、アイーダの生存を信じて希望を見出した表情、そして彼女を地下牢で見つけてしまったときの愕然とした表情の移り変わりも素晴らしい。

  • アイーダ (舞空さん)
    個人的にアイーダは好きではないが、終わりよければ全て良しに持っていけたのは彼女だからこそだろう。ヒロイン力が高い、というのはこういう事を言うのかもしれない。真っ直ぐで力強い人物像、ロミオとジュリエットからパワーアップした歌唱力、ラダメスといるときの幸せが伝わってくる表情や仕草で、アイーダを悪女にしないのは流石。

  • アムネリス (有沙さん)
    星組を観るたびにべた褒めしている気もするが、それだけ有沙さんは凄い。最初は苦手なキャラかと思ったが、一番好きなキャラになったのは有沙さんだからこそ。力強く威厳を感じる歌唱力は凄まじく、ラダメスとの歌唱シーンが特に素晴らしい。演技も素晴らしく、気高さと人間味の切り替えが絶妙。周囲に見せる気高さを前面に出した振る舞い、ラダメスに見せる弱い女性としての態度、父を亡くして涙を流す娘としての姿、そしてエジプトを守るためにファラオを継ぐ決意を固めた強い意思。これらすべての要素を自然に見せてくれるので、アムネリスというキャラクターの解像度が非常に高く、魅力的な女性に思えた。

  • ファラオ (悠真さん)
    器の大きさと威厳を両立させた立ち振る舞い、低音での安定感ある素晴らしい歌唱がとても素敵だった。歌唱力の優れたメンバーが多い中でも光る専科の技術が印象的。

  • ケペル (天華さん)
    ラダメスへの複雑な感情を感じさせる演技が素晴らしかった。平和を謳うラダメスを理解出来ない表情や、地下牢に収容されるラダメスを前に思わず背中を向けてしまう様子、そして最後の最後に地下牢を観てしまう姿。セリフがなくても気持ちが伝わる演技がとても素敵だった。歌唱シーンはどれも素敵で、低音まで安定しているが印象的。そしてダンスシーンで視線を奪われることが多く、体の軸がぶれないダンスがとても映えていた。

  • ウバルド (極美さん)
    登場シーンのビジュアルが最高だった。星組では大好きな人だが、本作では役どころの割に印象が弱め。理性的な役作りだったのか、狂気も力強さも弱めだったからかもしれない。歌もダンスも安定してきている印象なので、次回作以降が楽しみ。

  • アモナスロ (輝咲さん)
    帽子や衣装の着こなしがとても素敵で、ファラオ暗殺時の悪役ぶりが印象的。今まで気が狂ったふりをしてまで抑えていた野心を解き放った狂気と力強さが素晴らしかった。