婆娑羅の玄孫
―愛が込められた最高の当て書き作品―

概要


婆娑羅の玄孫は植田紳爾先生の作・演出による作品で、轟悠さんの退団公演。
江戸時代を舞台に、近江蒲生郡安土を治める佐々木家の当主家次男として生まれるも家から縁を切られた佐々木蔵之介、改め細石蔵之介を主人公とした作品。正義感が強く粋な男、そんな蔵之介の生き様を描いた作品を専科の轟さんと汝鳥さん、そして星組メンバーが演じる。
  

感想のまとめ


植田先生から轟さんへの愛が込められた最高の当て書き作品になっている。蔵之介と轟さんを重ねたクライマックスは、物語としても轟さんへのメッセージとしても感動的。メリハリのある2本立てのストーリー、和物らしい美しい所作や殺陣を堪能できる構成、テンポの良い江戸言葉による掛け合いを楽しめる。
すべての所作で男役の極致を見せてくれる蔵之介を演じた轟さん、専科同士だからこその重みと阿吽の呼吸を見せてくれる彦左を演じた汝鳥さん、軽妙な掛け合いから憂いを帯びた姿まで完璧なお鈴を演じた音波さん、軽く明るく華のある江戸男の権六を演じた極美さん、ガラッと変わる一人二役を見事に演じ分けた阿部 / 頼母を演じた天華さんがお気に入り。

以下ネタバレ注意

感想


【全体】

  • 轟さんへの愛に溢れた当て書き
    植田先生から轟さんへのメッセージ性が強い脚本になっている。第一幕での蔵之介は、子どもたちを教え導く立場として描かれている。第二幕での蔵之介は、今まで歩んできた道とは異なる、新たな世界へ歩んでいく。未知への不安を語る蔵之介を励ます彦左、蔵ノ助の勇姿を見守る街の面々。轟さんへの当て書きとして落とし込まれたメッセージに感動した。大好きだった轟さんの退団公演がこれで良かった、そんな当て書きになっている。

  • メリハリのある2本立てのストーリー
    第一幕は麗々たちの仇討ち物語、第二幕は蔵之介が佐々木家を継ぐために旅立つまでを描いた2本立て。義理や人情を描きつつ笑いもある前半と、当て書き要素を全面に出した感動の後半。作品として楽しみつつ、退団公演として感動できる構成になっている。

  • 美しい舞踊と舞うような殺陣
    和物らしく、舞踊と殺陣も見どころ。特に舞のような殺陣が美しい。轟さん最後の殺陣として切られ役が大勢いて、娘役まで参戦している充実ぶり。

  • 江戸らしいテンポの良い台詞の掛け合い
    時代物らしく、テンポの良い台詞の掛け合いが心地よい。テンポ、滑舌、声の通りのすべてが良いメンバーが揃っているのが素晴らしい。

  • 要所の歌が良い
    轟さんの「轟け」という歌詞に始まり、第二幕での最後も集大成にふさわしい歌詞。歌よりも台詞の掛け合いがメインの作品だが、歌も印象的な作品。


【個別】

  • 蔵之介 (轟さん)
    再演版の凱旋門から宝塚を見始めた私にとっては特別な思い入れがある轟さん。轟さんの和物は初見だが、この公演が退団公演で本当に良かった。歩き方、舞姿、殺陣、着流しや袴の着こなしのすべてが美しくて惚れ惚れする。舞台に立ち、歩くだけで人を魅了する。そんな轟さんの魅力が素晴らしかった。口を開けば軽快な江戸っ子で、お鈴と息のあった掛け合いが心地よい。最後に凛とした袴姿で迷いなく歩んでいく蔵之介に轟さんの姿が重なり、思わず涙が出た。
    寺小屋で子どもたちを見守り導いていく姿、彦左といる時の坊っちゃん感、拳を握りしめながら父を恨む姿、佐々木家に戻る決意をした時の後継ぎとしての振る舞いを演じ分けも素敵だった。

  • 彦左 (汝鳥さん)
    終盤での蔵之介との掛け合いがとても良かった。息がピッタリと合っていて、一つ一つの発言んが重く、心にしみてくる最高のシーンだった。殺陣も見せ場で、若いときはさぞや凄かったんだろうと思わせるような、老いた殺陣が好き。

  • 嘉兵衛/俣三 (美稀さん)
    嘉兵衛の演じ方がとても良かった。犯人だとバレるまでは非の打ち所がないほどの善人ぶりで、豹変した時のギャップが素敵。悪役としての殺陣も素敵で、まさに名悪役だった。

  • お鈴 (音波さん)
    アルジェの男でも思ったが、ヒロインの演じ方が上手。蔵之介との軽快な掛け合いがとても素敵な快活な女性ぶりからの、第二幕での憂いを帯びていく演じ方がとても素敵。主演を格好良く見せつつも、快活なヒロインの健気さや儚さを引き立たせるのがとても上手だった。

  • お仲 (夢妃さん)
    シナリオでは重要な役割ではないのだけれど、かなり印象深かった。所作がとても綺麗で、町人側でも他の人とは立場が違うのがひと目で分かるふるまいがとても素敵。彦左が蔵之介の世話を頼むのも納得の立ち居振る舞い。

  • 阿部/頼母 (天華さん)
    ロミジュリから気になっている天華さんは、一人二役での演じ分けが凄い。
    第一幕ではすぐに刀に手をかける悪役の阿部。冷たい眼差しが印象的で、徹底した嫌なやつぶりが素敵。銃口を向ける蔵之介に視線を取られて動きが止まった瞬間に刺されているのがわかりやすくて、武士が女子供にあっさりと敗れる理由付けが良い。
    第二幕では打って変わって善人の頼母。立場もあって蔵之介に無茶なお願いをしてはいるが、本心では蔵之介に申し訳なく思っているが痛いほど伝わってくる表情が素敵。殺陣も綺麗で、頼母がいかに有能かをこれでもかと見せてくれる。
    実はよく似た別人では?と思うほどに演じ分けが上手で、それぞれの演じ方も素敵。ますます今後の役が気になる人。

  • 権六 (極美さん)
    星組公演で密かな楽しみにしている極美さん。華のあるビジュアル、とても似合っているべらんめえ口調、聞き心地の良い歌と三拍子揃っていて素敵。武士ではなく町人らしくて軽く明るい江戸男ぶりがとても似合っていた。ストーリーテラーとしての役割も兼ねていて、語る時の声がとても良く通るのも良かった。