映画 ファウスト (ヤン・シュヴァンクマイエル) 感想
―唯一無二の不気味な雰囲気―

概要


ゲーテの戯曲で有名な「ファウスト伝説」をモチーフにした作品。ファウスト博士が悪魔メフィストフェレスを召喚し、己の魂と引き換えに人智を超えた知識と幸福を得ようとする伝説がベース。主人公の男性が、地図に誘われた先でファウスト博士に扮して、悪魔メフィストフェレスを呼び出すことで物語が始まる。
シュヴァンクマイエル監督による作品で、人形劇や粘土細工、ストップモーションなどの映像技術を駆使して、独特の世界観を構築している。

感想のまとめ


かなり人を選ぶが見ていて面白い作品で、肩の力を抜いて見るより、少し気合を入れて演出などを楽しむタイプの作品かもしれない。
一見ナンセンスだがとてもロジカルに構成された演出、人形劇や粘土細工などを駆使して創り上げられた唯一無二の不気味な雰囲気がとても良かった。
戯曲版とは異なる点が多いことと、食事シーンが美味しくなさそうなことは事前に知っていても良いかもしれない。

 

以下ネタバレ注意

感想


  • かなり人を選ぶ作風
    テーマこそファウスト伝説という堅めなものだが、かなり人を選ぶ作風。
    とっつきにくくてナンセンスなストーリーと演出、不気味な雰囲気、美味しくなさそうな食事シーン、人形と姦淫する悪趣味なシーンなど人を選ぶ要素が盛り沢山。
    見ていて面白い作品だったし、ナンセンスと見せかけてロジカルに構成された演出、唯一無二の不気味な雰囲気は虜になる人も多いと思った。

  • ナンセンスなようでとてもロジカルな演出
    人形劇や粘土細工を織り交ぜつつ、場面転換を繰り返しながら、一見無秩序にストーリーが進んでいく。ナンセンス系の作品かと思っていたが、中盤以降でナンセンスだと思っていたものが意味を持ってくる。
    人形劇は主人公が運命に操られていること、施設に入る際にぶつかった男と足を抱える男はストーリーの繰り返しを暗示し、主人公を撥ねた車も悪魔が乗っていた車である。
    前半の何気ないシーンが後半につながってくるので、肩の力を抜いて気楽に見る作品と思いきや、気合を入れて演出などを見るタイプの作品かもしれない。
    意図をつかめていない演出や気づかなかった演出も多そうなので、見るたびに楽しめそう。

  • 雰囲気が不気味
    作中の雰囲気がとても不気味。導入から20分程度はセリフすらなく進んでいき、主人公が何の疑問も持たずにファウストに扮していく流れは常軌を逸している。何の説明もなく進んでいくストーリーに違和感を覚えつつも、余計な情報がないのでグイグイ引き込まれていく。振り返ると悪魔に目をつけられてしまったことが原因なのだろうが、説明がないことで異様な雰囲気になっている。

  • 戯曲版とは異なり、後味の悪い結末
    主人公はメフィストフェレスとの契約から逃れようとするものの、最終的に車に轢かれて死亡する。しかもこのストーリーは何回も起こっていることが暗示されているので、救いもない。グレートヒェンが登場しないのでやむを得ない結末だが、望んだ知識も幸福も得られず、運命に弄ばれながら死に至るというかなりビターなストーリー。戯曲版の爽やかな読後感を求めると肩透かしを食らうかもしれない。

  • 人形劇の使い方が面白い
    監督がチェコで人形劇を学んでいたらしく、人形劇が演出に使われている。最初は人間と人形劇とが別れているが、途中から主人公も人形として扱われる様になり、人間と人形劇との境界があいまいになっていく。後半は主人公の人智を超えたもの、つまり運命によって操られていくように見える面白い演出。

  • 非日常へ誘う粘土細工
    ホムンクルスの赤子やメフィストフェレスなどは粘土細工で表現される。人間とも人形劇とも異なる第三の演出で、この世の摂理とは違う非日常感が出ていた。粘土細工の変化でストップモーションを使うので、時の流れすら狂っているような演出も良かった。

  • 美味しくなさそうな食事シーン
    何回か登場する食事シーンだが、これほど美味しくなさそうな食事シーンは初めて見たかもしれない。食事シーンという心安らぐシーンですら不気味な演出になっているせいで、作品の雰囲気がより一層不気味になっている。