概要
冬霞の巴里はアイスキュロスのギリシア悲劇であるオレステイアをモチーフとした作品で、指田珠子先生による作・演出公演。19世紀のパリを舞台に、父を殺害した叔父と母への復讐を目論むオクターヴと姉のアンブルを描いた復讐劇。
感想のまとめ
暗くてドロドロの人間関係の復讐劇、さらにおどろおどろしくも幻想的な演出と冷え冷えとした雰囲気は人を選ぶが、好きな人にはたまらない傑作だった。時制や視点、現実や白昼夢が交錯するため情報量は多いが、少しずつ全容が見えてくることによって想像力が掻き立てられる作品で、痛快な娯楽作品ではなく考えさせられる作品になっている。
まさにハマり役だったオクターヴの永久輝さん、素晴らしい演技力が光ったアンブルの星空さん、登場シーンから完璧だったジャコブ爺の一樹さん、凄まじいインパクトで影を落としていくオーギュストの和海さん、ギラギラした目つきと皮肉屋ぶりが素敵だった聖乃さんが特に印象的。
以下ネタバレ注意
感想
【全般】
- 唯一無二のおどろおどろしくも幻想的な雰囲気
暗くてドロドロの人間関係の復讐劇、さらに血しぶきを浴びたかのような亡霊が現れて現在と過去、心情が交錯していくことでおどろおどろしくも幻想的な雰囲気になっている。皮肉や探り合いが続く冷え冷えとした地獄のような雰囲気は人を選ぶが、好きな人には堪らない雰囲気の作品になっている。 - ただの復讐劇ではなく、考えさせられる作品
悪役を倒して大団円という痛快な娯楽作品ではなく、絶対的な悪役が存在しないが故に考えさせられる作品になっている。時制や視点、現実や白昼夢が交錯するため情報量は多いが、少しずつ絶望的な全容が見えてくることで想像を掻き立てられる構成が良い。尊敬する父やその仇である叔父と母の別の側面が明らかになっていく中で、オクターヴとアンブルが決断を下すストーリーは重厚で満足感の高いものだった。絶対的な悪役がいない中でも決断を下し、生きていかなければならない。そんな考えさせられる作品でありながら、主張が押し付けがましくないところも素晴らしかった。 - 心地の良い余韻が残る結末
地獄のような展開が続いた作品だが、結末は心地の良い余韻が残るものだった。ミッシェルたちが未来に希望を持ち、下宿人たちは今を生き、オクターヴとアンブルは二人きりでパリの街に消えていく。オクターヴとアンブルは二人きりの姉弟として閉じた世界を生きていくことを予感させるが、それでも綺麗に着地したと思わせる美しい結末だった。 - 宝塚の群像劇として上質な作品
個人的には宝塚のスターシステムと群像劇は相性が悪いと思っているが、本作は見事だった。作品のテーマを出すためには群像劇として複数の視点が必要だが、主演が薄れないように最小の情報で行動原理が明かされていった。それぞれの登場人物の主観による人間関係と行動原理が明らかになった状態だからこそ、オクターヴたちの決断が重く価値のあるものになっていた。 - ギリシア悲劇らしい雰囲気
本作のモチーフであるギリシア悲劇と言えば親殺しと近親相姦、そして救いの無さ。本作はその雰囲気の残し方が絶妙。前者2つは後述するが、救いのない雰囲気はクライマックス直前まで丁寧に描かれる。序盤から探りを入れた皮肉が飛び交う冷え冷えとした空気で、中盤からは観ていて頭を抱えたくなるような展開が素晴らしい。 - ギリシャ悲劇ベースだが、宝塚らしい配慮され尽くした演出
宝塚らしくないおどろおどろしさを感じたが、宝塚らしい配慮は随所でなされている。親殺しと近親相姦は宝塚では好まれないと判断したのか、かなり丁寧に変更している。オクターヴとアンブルは義理の姉弟で、互いに他の人といる時に嫉妬が見え隠れするが、最後は姉弟としてパリの街に消えていく。二人きりの姉弟という、二人の閉じた世界を感じさせる結末は美しさを感じた。オクターヴは叔父も母も殺害せず、親殺しは未達成に終わる。指田先生は客層に合わせることが上手いという印象を受けた。 - おどろおどろしい演出が良いアクセント
エリーニュスとオーギュストの亡霊が現れるシーンは、ホラー作品のようなおどろおどろしさになっている。亡霊のようなエリーニュスや血しぶきを浴びたかのような衣装だけでも不気味だが、それが日常を侵食するような演出によって不気味さを増している。この不気味さが良いアクセントになっている。 - 小劇場作品の割にモブが多いかも
とても素晴らしい作品だった一方で、固有名詞付きの人物でもモブが多い印象だった。家族の物語が主軸だったからか、家族とアナーキスト以外は関係性が薄くシナリオに関与しない。そのため美味しそうなポジションの人物も肩透かしになった感が残った。これだけ上質な作品にこれ以上を求める気はあまりしないので、いつか大劇場公演を手掛ける日が来たらどうなるかが楽しみではある。
【個別】
- オクターヴ (永久輝さん)
陰のある役が得意な永久輝さんの持ち味が存分に活きた作品だと感じた。ギョームたちに向ける鋭い視線、ブノワ殺害後に見せる第一幕で一番の笑顔、すべての真実を知って心の支えが崩れていく姿がとても素敵だった。アンブルの前での態度も素敵で、最後の会話で姉弟として、と言われた時の表情も絶妙だった。オクターヴ自身はアンブルとは血がつながっていないことを知った上での質問だったので、あの返答で今後の生き方を決めたのだろうと思わせる表情だった。この役に合わせて変えたのか声が少し違う印象で、途中歌声が裏返りかけたのは少し気がかり。従来のガツーンと来るタイプの歌声も好きだったので、喉を傷めていないかだけが心配。フィナーレのダンスはさすがの美しさで、本編で演技力と歌唱力を見せてからの本領発揮でまさに永久輝さんのために書かれた公演だと感じた。 - アンブル (星空さん)
オクターヴの姉で劇場の歌手。劇場の人気歌手という設定も納得の歌唱力で、オクターヴに思うところもある姉としての演じ方も絶妙だったので、今後重用されるだろうと感じた。直接は口にしないがオクターヴへの執着が凄まじく、オクターヴが復讐するから一緒に復讐するし、オクターヴがエルミーヌと仲睦まじくしていれば割って入る。けれど自分が求婚されれば心が揺らぐし、オクターヴにはあくまで姉として優しく接する。そんなどこまで自覚できているかわからないアンブルの心情の見せ方がとても上手で、難しそうなこの役を見事に演じていた。 - ジャコブ爺 (一樹さん)
下宿先の一人で、元医師。登場シーンの浮浪者ぶりが凄まじく、完璧な役作りが見事。オクターヴの治療をしながら真実を語るシーンが絶妙で、恨みを過去のものにしたのがわかるあの声色がとても素敵だった。 - クロエ (紫門さん)
オクターヴたちの母親で、冷たいタイプの美人ぶりが印象的。男役だからか長身で迫力があり、会食中に皮肉の応酬を繰り広げる際の緊迫感が凄まじかった。 - オーギュスト (和海さん)
オクターヴの父親で、謎の自殺を遂げた人。彼の死と人柄の真相がすべてのキーになっている。血しぶきを浴びたような衣装で佇む姿の不気味さ、オクターヴの回想での優しい父親ぶり、そしてギョームたちの回想での冷酷さ。3つの表情の演じ分けが絶妙で、同情される被害者からシナリオの重厚感を増していく存在への移り変わりを強く感じた。セリフのないシーンが多かったが、舞台を歩くだけ影を落としていく素晴らしい存在感だった。 - ギョーム (飛龍さん)
オクターヴの叔父であり、オーギュスト殺害犯の一人。オクターヴ視点では冷たく厳格な面しか見えないが、回想で少年オクターヴに見せた優しさやオーギュストに悩まされる姿がとても印象的で、彼も一人の人間だと納得できる素晴らしい演技だった。 - ヴァランタン (聖乃さん)
下宿先の正体不明の人物であり、アナーキスト。作中屈指のインパクトを持つ人物を見事に演じていた。ギラギラした目つきと皮肉屋な態度、大胆不敵なふるまいはアナーキストとしての大物ぶりがとても出ていて素晴らしかった。下宿先から失踪する前に一瞬見せた寂しげな表情と最後のシーンでの迫力が素晴らしく、癖のある役を見事にこなせるタイプの人なのかもしれない。 - ブノワ (峰果さん)
オクターヴに唯一殺害された、オーギュスト殺害犯。嫌な感じの出し方がうまく、このキャラなら真相を告げても殺されてしまうだろうな、と納得の演じ方だった。 - エリーニュス (咲乃さん、芹尚さん、三空さん)
復讐の女神で、本作では舞台装置としての役割が強いメンバー。不気味な化粧と血しぶきを浴びたような衣装という強烈なインパクトがとても印象的で、歌が上手いのも人ではない要素に拍車をかけていて素晴らしかった。 - ミッシェル (希波さん) / エルミーヌ (愛蘭さん)
オクターヴの義理の弟と、その婚約者。この暗い作品における清涼剤で、二人の善良さが観客にとっては救いであり、オクターヴたちにとっては苦痛になるのがとても良かった。ミッシェルは最後までオクターヴたちを心配する善良さの塊で、間接的にギョームとクロエが普通の人間であることを証明している印象だった。善良な明るさがとても素敵で、歌が伸びれば間違いなくもっと輝くだろうと思った。エルミーヌは柔らかな雰囲気と綺麗な歌声が印象的で、アンブルとの良い対比関係を担っていて良かった。 - 少年オクターヴ (初音さん) / 少女アンブル (湖春さん)
二人の明るさと現在との性格の違いが印象的。二人が幸せそうであればあるほど現在とのギャップが強烈になり、復讐に燃える二人の説得力がとても出ていて素晴らしかった。