ハリウッド・ゴシップ感想
―ほろ苦さと心地良い余韻を楽しめる公演―

概要


作・演出は田渕大輔先生。映画スターを目指すエキストラの青年コンラッドが、往年の大女優アマンダに見いだされてスターへの道を歩み始めていくというストーリー。そこにかつて自分を見捨てたスター俳優ジェリーに対するアマンダの復讐、新人発掘オーディションでヒロインに抜擢されたエステラの存在、ゴシップに飢えたマスコミとそれを提供するハリウッドという構図といった、様々な要素が絡み合っていく作品。

感想のまとめ


B級作品全開のポスターとは裏腹に、ほろ苦さと心地良い余韻を楽しめる素敵な公演。場面の間に何があったかを演出と演技で想像させるような作風が特徴で、観終わった後に振り返ると良い作品だったと思えるような絶妙なバランス。台詞で多くを語らずに細やかな演出や仕草の変化で語る作品なので、見返すたびに楽しめるところも良い。ダンスシーンも豊富で、伸びやかなダンスからキレの良いダンスまでタイプの異なるダンスを堪能できる作品。
本当の自分とスターとしての理想の自分、そして変わっていくスターとしての自分を繊細に演じ分けた彩風さん (コンラッド)、スターとして凄まじい輝きで現れてそこから変化していく演技が凄まじい彩凪さん (ジェリー)、佇まいだけで大女優だと判る梨花ますみさん (アマンダ)、完璧なオジサマ感で魔法使いと呼ばれるのも納得の名プロデューサーぶりを見せつける夏美さん (ハワード) が特に印象的。

観劇日


2019/10/26, 10/27 (梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ)

以下ネタバレ注意

感想


【全体】

  • ほろ苦さと心地良い余韻を楽しめる素敵な公演。ハリウッドスターになる夢への最後の挑戦と、ハリウッドへの別れを描いたこの公演は余韻がとても心地よい。場面の間に何があったかを、演出と演技で想像させるような作風が特徴。観た直後は起承転結の結が物足りなく思えるが、後で振り返るとこのバランスが絶妙。後で振り返った時に作品の印象が最高潮になるような脚本・演出・演技の組み合わせがとても素敵。

  • どことなく映画を思わせる起伏の激しいシナリオが印象的。第一幕はコンラッドがハリウッドスターへ駆け上がるサクセス・ストーリーを思わせる流れ。第二幕はハリウッドの光と闇が見えてきて、コンラッドはハリウッドスターという夢と決別することになる。世界恐慌が始まり暗い未来が予想されるが、コンラッドはエステラと新しい夢へと歩んでいく。今振り返ってもこれだけの内容を情報過多にならずに、コンパクトに纏めた脚本は凄いと思う。

  • 演出がとても素敵。自分の夢との決別も兼ねているアマンダとの別れ、真っ暗な部屋が雷で照らされた時に見える化粧の崩れでアマンダの感情がわかる演出、コンラッドたちの人間関係と今後を暗示するサロメなど細部まで行き届いた演出がとても良い。1回目より2回目に多くの発見があったので、観れば観るほど楽しめるタイプの作品。

  • 唯一嫌いだった演出が、最後のダンスシーン。高いところで踊ると見栄えは良いけれど、お店のテーブルの上で踊るのはどうなんだろうと思った。ダンス自体はすごく素敵だったので、そこだけが個人的に残念。

  • B級映画のイメージしかないポスターは失敗だったと思う。あのポスターからこれだけ丁寧な作品は予想できなかったし、ポスターで敬遠してもおかしくないレベルだと思っている。あのポスターのシーンは本編後の自主制作映画のイメージなのかもしれないけれど、ミスリードされた気分。

  • スターの華やかさが良い。やっぱりエキストラでもスターは華やかだなぁ、と思っていたところにジェリーが現れた瞬間のあの衝撃。キラキラしているとしか言えないオーラとともに現れる瞬間がとても印象的。アマンダの堂々たる佇まいから漂う往年の女優感も素晴らしいし、スターになるとオーラまで変わるコンラッドもとても素敵だった。登場するだけでスターだ!と思える素敵な演技だった。

  • 専科の演技がとても良かった。往年の大女優と名プロデューサー、どちらも佇まいから一味違う役柄で専科の人の凄さを感じた。ちょっとした言動や振る舞いからもハリウッドの住民であることを思わせるような演技がとても素敵だった。

  • 記者陣の目つきがとても印象的。ゴシップを見つけて爛々と輝くあの目。嫌悪感すら感じてしまうあの記者の目つきがとても印象的。

【個別】

  • コンラッド・ウォーカー (彩風さん)
    悩める役柄がとても似合っていた。ありのままのコンラッドとハリウッドスターとしてのコンラッドの演じ分けが繊細でとても良かった。スターとしてのコンラッドが見せる、時間の経過を感じさせる言動・佇まいの変化が特に素敵だった。ありのままのコンラッドは変わらないからこそ、そのギャップから見える苦悩がとても良かった。スターとしてのコンラッドが見せる製作発表での輝きがとても素敵で、エキストラからスターになった変化がよくわかって好き。表情の演じ分けも素敵で、自然な笑顔と気取ったスターの笑顔、アマンダとの別れでの優しい笑顔の演じ分けがとても印象的。
    ダンスの得意な彩風さんの主演公演だったので、ダンスシーンも多くて良かった。キレの良い男同士のタンゴから流れていくような男女のタンゴ、エステラとの楽しそうで伸びやかなダンス、ふわっと優雅でいてダイナミックなデュエットダンスと毛色の異なるダンスがどれも素敵だった。力を抜いたダンスやビシッと決めるダンス、彩風さんの色々なダンスを堪能できてとても良かった。
    いつもはソロor望海さんと歌うイメージの強い彩風さんだけど、今回はメンバーの中心に立つぐらい歌も良かった。いつもの透き通るような歌い方ではなく、夢へ進む力強さを思わせる歌い方がまた素敵だった。デュエットでは潤花さんを歌でリードしていて、望海さんに引っ張り上げられて毎公演成長している彩風さんの新しい挑戦を観た気がする。

  • ジェリー・クロフォード (彩凪さん)
    スターとして凄まじい輝きで、キラキラした人を演じさせたらピカイチの彩凪さんにピッタリの輝き方だった。映像のドラキュラからイケメンだったけれど、初登場時のスターぶりが本当に格好良くて、星を背負って登場してきたかのような格好良さだった。
    このままキラキラで行くと思いきや、どんどん追い詰められていく演技がまたすごく良かった。コンラッドに追い詰められて余裕がなくなっていく様もとても良かったけれど、一番良かったのがヘロデ王を演じるシーン。明らかに常軌を逸していて観客とは違ったものを見ているかのような狂気がゾクゾクするほど素敵で、それでもスターとしてあり続けるジェリーがとても良かった。彼はサロメに何を見てしまったんだろう、と思うような演技がとても素敵だった。
    指先まで美しい演技もとても素敵で、製作発表でのストップモーションに彩凪さんの真髄が出ていると思う。指先まで美しい状態でピタッと止まった姿がとても素敵。
    フィナーレでは縣さんと男役同士で見せるダンスが凄かった。キレの良さと美しさがとても印象的で、男女で踊るときとは違った美しさだった。

  • エステラ・バーンズ (潤花さん)
    踊る瞬間にオーラが変わったと思うぐらいダンスが素敵だった。彩風さんの伸びやかでダイナミックなダンスにピッタリと合わせ、サロメではガラッと印象の違う妖しさ漂うダンスであの場面の異様さを演出していてとても良かった。
    女優というよりは女優に憧れる女性、そんな演技もとても役柄に合っていて、自立した女性がとても似合う人だと思った。歌は中低音が得意な印象で、エステラの強い女性という印象に一役買っているような気がした。

  • アマンダ・マーグレット (梨花ますみさん)
    大女優を感じさせる気品ある佇まいがとても素敵。この貫禄を出せるのはさすが専科、と思うような演技だった。一番好きなのは最後のシーンで、雷で照らされたアマンダの化粧崩れから本心が見えるシーン。後ろ姿はいつも通りだったのに、あの顔が見えた瞬間から彼女の何かが崩れていくような演技がとても良かった。ハリウッドに生涯を捧げたアマンダの見せる、どうすることもできない悲しい演技がとても素敵だった。

  • ハワード・アスター (夏美さん)
    オジサマだ……と呟きそうになるぐらい男役ぶりが凄かった。製作発表ではまんまとしてやられても体裁を保ちつつ、その場をうまくやり過ごしているやり手ぶりが素敵だった。印象的だったのは、コンラッドがジェリーをコカイン漬けにしたという疑惑が浮上したシーン。コンラッドを主役にするという新しいスキャンダルを用意して記者をコントロールする様はまさに魔法使いで、あの事故の直後に平然とした振る舞いが印象的。あまりにも平然としていて、彼もハリウッドの住民なんだと再確認させるような演技がとても素敵だった。

  • マリオ・コンティーニ (煌羽さん)
    エキストラ組で好きだなぁ、と思っていたらとんでもない人だった。2回目に見たら薬を売りに行っているであろうシーンがあってびっくり。コンラッドにアンフェタミン (だったと思う) を勧めるシーンがショッキングで印象的だった。コカインを勧めなかったあたり友人のコンラッドを薬漬けにする気はなかったんだろうけれど、ジェリーを薬漬けにしていることは気にしていなかったんだろうなと思わせる、悪気のない自然な演技がとても印象的で、ハリウッドの闇を感じさせる素敵な演技だった。

  • キャノン・チェイス (愛すみれさん)
    早口なのに頭の中にしっかり残る、この作品にピッタリのストーリーテラーぶり。ナレーションが良いと作品にすっと入り込めるなぁ、と思うような素敵なナレーションだった。