ロミオとジュリエット (2011年雪組) 感想
―上品な悲劇だが大人しすぎる物語―

概要


原作は誰もが知っているシェイクスピアの恋愛悲劇。ジェラール・プレスギュルヴィックによるミュージカル作品を、小池修一郎先生が潤色・演出した公演。宝塚では2回目の公演。
14世紀のイタリア・ヴェローナを舞台に、対立している家柄のモンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットが恋に落ちるが、運命の悪戯によって悲劇となってしまう物語。原作から変更点もいくつかある公演。

感想のまとめ


主要メンバーの歌がとても良い公演。歌も演技も良くて上品だが、理性的すぎるロミオとジュリエット、一歩引いたスタンスかつ無機質で概念的な愛と死などが噛み合ってしまった結果、幸福感による盛り上がりが弱くて大人しすぎる物語だった。
歌がとても素敵で悲劇の似合う音月さんのロミオ、同じく歌と悲劇性がとても映える舞羽さんのジュリエット、キレっぷりのすさまじい早霧さんのマキューシオ、最後の歌がとても素敵な奏乃さんのロレンス神父が特に印象的。
大劇場仕様のフィナーレは少し蛇足気味で、演出的にも劇的な初演 ( ロミオとジュリエット (2010年星組) 感想) のほうが好みだった。

 

以下ネタバレ注意

感想


原作を何回も読んでいる視点での感想。ミュージカル版に伴う変更点などは ロミオとジュリエット (2010年星組) 感想 に記載しているので割愛。

【全般】

  • 主要メンバーを中心に歌が凄い
    主要メンバーのロミオ、ジュリエット、ベンヴォーリオの歌が良く、聞き応え十分。特に音月さんのロミオがとても上手で、ジュリエットとのデュエットがとても良い。キャピュレットやロレンス神父も歌が上手く、乳母も低音気味だが上手なので、歌を楽しみやすい公演。

  • 上品だが大人しすぎる物語
    歌も演技も良くて上品だが、運命をスムーズになぞっていくような公演だった。メンバーも脚本も良いのに、何故か噛み合わない公演という印象。メンバーの特性が物語の起伏を小さくする方向で噛み合ってしまった印象で、ロミオとジュリエットにしては盛り上がりでの幸福感が弱くて大人しすぎる物語な気がした。
    個人的には幸福感が強い分劇的で、ベンヴォーリオの優しさが悲劇の決め手になる初演版の方が好み。

  • 初演版より理性的なロミオとジュリエット
    恋に落ちたら一直線の初演版に比べると、ふたりとも理性的な雪組版。両家の対立を終わらせるためにも、とロレンス神父に迫るロミオと、突然の恋に不安げな令嬢のジュリエット。上品な作品という印象だが、原作や初演版の激しさがないので、物語の起伏が小さくなっている印象。

  • 悲劇性が強い演技
    初演の星組が幸福感からの落差で攻めたのに対して、雪組版は悲劇性が強かった。毒薬を手に入れた時のロミオの笑顔がとても強烈で、運命に翻弄されて死に救いを求める悲劇性が際立っていた。ジュリエットは恋に落ちるまでや仮死状態になる薬を受け入れるまでに少し間があり、ここではないどこかに救いを求めている印象。ふたりとも死ぬ直前が一番幸せそうに見えたぐらいなので、かなり悲劇的だった。

  • ティボルト・ベンヴォーリオ・マキューシオの印象も少し変化
    ティボルトはかなり直情型で、ベンヴォーリオとマキューシオが好戦的。音月さんのロミオは視野が広そうなので、上手くまとめられそうな気もするメンバー。マキューシオは初演のティボルト並みかそれ以上のキレっぷりで、英語版ならf○ckを多用しそうな狂犬ぶり。ベンヴォーリオはロミオに感化されて変わったが、どうしたらよいかわからなくなっている気弱な青年という印象だった。

  • 愛や死の人外感が強く、印象が弱め
    雪組版は愛も死も無機質で、人外の概念的。愛は冷たい印象で、二人のきっかけまでは手引きするが、その先は二人次第と言うスタンス。死は人々を遠巻きに見ているが、手を出すのは運命がほぼ決まってからという印象。ダンスも愛が少し硬めで、死が少し柔らかめなのでギャップが小さく、まるで表裏一体のよう。積極的に運命を導いていく初演版とは意図的に変えたのだろうが、無機質かつギャップが小さいせいで、物語の起伏が余計に小さくなってしまっている。

  • フィナーレが追加
    梅田芸術劇場から宝塚大劇場へ変わったことで、フィナーレが追加されている。ただ芝居の最後がデュエットダンスでフィナーレ代わりになっていたので蛇足気味。いっそ最後のダンスをなくしてデュエットダンスのほうが感動的かもしれない。

  • デュエットダンスが変則的
    デュエットダンスが3人で変則的。いつもの宝塚で見るような幸福感がなく、芝居の最後でのダンスシーンのほうが良かった。役替りなどでバランスが難しかったのかもしれないが、せっかくのデュエットダンスだったので残念。

     

【個別】

  • ロミオ (音月さん)
    歌が上手で、ソロ・デュエットともにとても素敵だった。周囲がよく見えているロミオという印象で、ロレンス神父に協力させるときも上手く誘導していた。視野の広さ故に自分の行く末も見えているかのようなロミオで、毒薬を手に入れた時の笑顔がとても強烈。運命に翻弄されて生きる希望を失い、死にしか救いがないという強烈な表情だった。悲劇がとても似合う一方で、幸せな印象が少ない苦難に満ちたロミオだった。

  • ジュリエット (舞羽さん)
    16歳の令嬢で、皮肉も使いこなせるお嬢様だった。歌も素敵で、ロミオとのデュエットがとても良かった。理性的なせいか、幸福感が弱い点で残念だった。ロミオと恋に落ちるのも、仮死状態になる薬を飲むのも、自分の頭で状況を整理しながら進んでいくようだった。最後のデュエットシーンでのとても幸せそうな表情が素敵だったので、この世で幸せを掴めないと理解しているジュリエットだったのかもしれない。

  • ティボルト (緒月さん)
    直情型で、キレた男とは少し違う印象だった。その分わかりやすい人間味があり、舞踏会ではかなり必死にパリスの邪魔をしている。計略よりも腕っぷしで解決しそうなこのティボルトなら、キャピュレットも借金を解決しておこうと考えるのも納得だった。そしてこのティボルトだとキャピュレット夫人とは上手く行かないだろうな、という印象。

  • ベンヴォーリオ (未涼さん)
    歌がとても上手くて、後半の不安げな感情を乗せる歌がとても良かった。前半の好戦的な様子から、ロミオに感化されていく様子がとてもはっきりしたベンヴォーリオだった。ただその後はどうすればよいかわからない気弱さを全面に出すので、頼りない印象。ロミオのためにジュリエットの死を知らせると言うよりも、どうしようと言わんばかりの様子で伝えに行くので、ロミオの親友としては少し弱く感じた。

  • マキューシオ (早霧さん)
    この公演一番の狂犬。英語版なら絶対にf○ckを連呼しているに違いないキレっぷり。全てを恨んで死ぬパターンでも良さそうなすさまじいキレっぷり。全体的に起伏の小さい公演で、一際異彩を放っていて素敵だった。お歌はかなり独特。

  • ロレンス神父 (奏乃さん)
    ちょっと若めな神父様。ロミオたちへの情愛はとても強く、最後の歌では絶望だけではなく神への怒りすら感じる迫力ある歌だった。少し若めに感じるせいか、結末への憤りを感じさせる最後の歌がとても素敵で、物語の締めくくりに相応しいとても良い歌だった。

  • キャピュレット (一樹さん)
    2回目のキャピュレットも素敵。こちらは少し自信があったのか、妻が自分を愛していないと知ったときも、冗談かと疑っていたのが印象的。

  • キャピュレット夫人 (晴華さん)
    ティボルトが直情型なので、彼女のアプローチが空回っている印象。だからこそキャピュレットと表面上は上手く行っているし、ティボルトへの気持ちは身内への親愛が強いのかな、という印象。

  • 乳母 (沙央さん)
    男役から女役まで変幻自在。恰幅があって愛嬌ある乳母で、演技がとても素敵だった。歌もとても上手いが、男役の宿命なのか低音を中心に使うので少し力強すぎる印象。ただ歌がとても上手かった。

  • 愛 (大湖さん) 
    とても美人だけれど、どこか冷たい印象。凛とした表情なのか少し硬めのダンスがそうさせるのかはわからないが、人外の概念感が強かった。ロミオとジュリエットのきっかけを作るが、あとは二人を見守っているだけなので、どことなく神に近いのかもしれない。詳細は死で書くが、二人の相性と物語の相性が悪い方向に噛み合って、どちらも弱い印象だったのが残念。

  • 死 (彩風さん)
    温度の低いタイプの死だった。グイグイ押すのではなく、死が確定するまで手を出さないかのようなスタイルは温度の低さには合っていたと思う。ただ愛も死もダンスのギャップが小さく、どちらも一歩引いたスタンス。この公演では起伏の小さい物語だったので、愛も死も印象がかなり弱くなってしまったのが残念。愛と死がもっとグイグイ来る、あるいは物語がもっと劇的だと印象が違った気がする。