fff/シルクロード 感想
―有終の美を飾る最高のショー―

概要


f f f (フォルティッシッシモ) ~歓喜に歌え!~は上田久美子先生の作・演出による作品。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが交響曲第九番を書き上げるまでの物語で、ルートヴィヒと彼の前に現れた謎の女を主軸に、ナポレオンやゲーテなどを交錯させつつ、地上と天界を描く物語。
シルクロード~盗賊と宝石~は生田大和先生の作・演出による作品。シルクロードを舞台に、青いダイヤモンドを手に入れた盗賊が宝石の記憶を巡っていく作品。「天空のエスカフローネ」など多くの作品に楽曲提供をしている菅野よう子さんが楽曲提供したコラボ作品。

 

感想


fffは退団公演としては最高で、作品としては歪みを感じる微妙な作品。退団者に見せ場があり、ベートーヴェンをテーマにして「歓喜の歌」を歌うという完璧なテーマと楽曲選択をした作品。一作品としては視覚効果を巧みに使っているが、テーマを押し出すために登場人物が歪んでしまっていてかなり微妙。自分を含め、望海さん・真彩さん体制の雪組を大好きな人にならお勧めの作品。
シルクロードは有終の美を飾る最高のショー。ダスカのシーン、望海さんが燕尾服で踊るシーンなど観たかったシーンをこれでもかと盛り込んできている。菅野よう子さんによる楽曲も壮大で聞き心地がよく、何度でもいつまでもリピートしたくなる作品。

 

以下ネタバレ注意

fff


【退団公演としてのfff】

  • 退団公演としては最高
    多くの退団者を擁するこの公演では、多くの人に見せ場がある。望海さん・真彩さんのトップコンビはもちろん、彩凪さんや煌羽さんを始め、持ち味を生かした良い見せ場があって感動した。

  • テーマ選びの勝利
    楽曲も望海さん・真彩さんが「歓喜の歌」を歌う、これだけでも公演は大成功だろうというチョイス。私のように望海さん・真彩さん体制の雪組が好きな人は大満足の作品。

【一公演としてのfff】

  • 視覚効果の使い方が巧み
    視覚効果の演出が巧み。ルートヴィヒの耳が聞こえなくなるシーンでは背景が不気味に揺らぎ、皇帝ナポレオンとルートヴィヒは高さ方向で距離を演出し、随所で奥行きや上手下手を使って空間を切り分ける。舞台機構を駆使しながらも最小限の暗転で進めるシームレスな演出で、しかも情報が伝わりやすいという凄まじさ。

  • 楽曲がとても良い
    ベートーヴェンをテーマに選んだおかげで楽曲はどれも名曲。今の雪組に名曲が合わさったおかげで、歌唱シーンが凄まじいクオリティになっている。ベートーヴェンをテーマに選んだ最大のメリットだろう。特にクライマックスでの歓喜の歌は、集大成に相応しい名曲だった。

  • 一時の夢だからこそ美しいナポレオンとの邂逅
    終盤でルートヴィヒとナポレオンが雪原で邂逅するシーンが幻想的で美しい。現実ではなく束の間の夢という滑稽で空虚さを持つシーン故に素晴らしかった。夢だからこそ無邪気で、美しいリズムと隊列を奏でながら心を通わせる美しいシーンだった。
    余談だが、「素晴らしき日々」第2章で間宮と希実香が屋上で見せた奇跡と旋律のシーンを思い出すシーンだった。

  • 聴覚を失った音楽家の表現がわかりやすい
    聴覚を失った状態で指揮を取り、楽団とどんどんずれていくルートヴィヒ。音楽家としての終わりを見せつける、言葉を重ねるよりもわかりやすい演出だった。

  • テーマ性とストーリーはかなり微妙
    退団公演というフィルターがないと、一転して微妙な作品。特にテーマとストーリーがかなり微妙で、退団公演として思い入れがなければおすすめしない作品。

  • テーマありきで全体が歪んでいる
    作品の主軸は「政治 (戦争) ではなく音楽が人を幸せへと導く」、「不幸をも愛して歓喜にたどり着く」といったものだろう。これを強調しすぎた弊害で登場人物が歪んでしまっている。
    聴覚を失った後は閉じた世界を生きていくルートヴィヒ、ヨーロッパ全土の支配に向かっていたはずなのに「連合」思想を理想とするナポレオン、国民投票で選ばれたはずのナポレオン即位を糾弾するなどディストピア的なフランス国民。天界の音楽家はルートヴィヒの聴覚を奪うという音楽家にあるまじき役割を与えられ、サリエリに至っては皮肉を入れるための道化役。テーマのためとはいえ酷い。

  • 後半のルートヴィヒの世界が不気味なほどに閉じている
    fffでのルートヴィヒは世界を変えるどころか、聴覚を失ってからは閉じた世界を生きていく。後半は耳元での大声、補聴器ごし、あるいは筆談でしか会話できなかったルートヴィヒ。ゲーテとの会話で謎の女を (最初だけ) 補聴器代わりにしたが、本当に会話をできていたのだろうか。ナポレオンとの邂逅も現実とは異なるつかの間の夢。振り返るとルートヴィヒは途中から、謎の女としかコミュニケーションを取れていないという不気味な状態になっている。世界を変えると意気込んだ彼に対して、あまりに皮肉な描き方に思える。

  • ベートーヴェンである意義がわからない
    ベートーヴェンの曲を使えることがfffの強みだが、ストーリー的にベートーヴェンである意義がわからなかった。人生の後半を閉じた世界で過ごし、歌唱シーンで誤魔化しているが第九で観衆の喝采を受けることもなく生涯を終えた作曲家。これは果たして後世に多大な影響を残した、風変わりながらも多くの人々に愛されたベートーヴェンなのだろうか。天界などは歓喜の歌をモチーフにしているが、肝心のルートヴィヒがベートーヴェンから遠いのは致命的に感じた。

  • ルートヴィヒ以外の音楽家の扱いが酷い
    ルートヴィヒ以外の音楽家の扱いがあまりに酷く、悪意すら感じる扱いだった。ルートヴィヒの聴覚を奪うという音楽家にあるまじき役割を背負わされたテレマン・ヘンデル・モーツァルト、皮肉を入れたいがために能無しの道化役にされたサリエリ。
    ストーリーとしてもこの扱いをする必要性がまったくなく、不快な演出だった。

  • テーマの圧が強すぎる
    とにかくテーマの押しが強い。この時代背景的でこのテーマならもう少し逆説的だったり暗示的でも良さそうだが、ゴリゴリとテーマを押してくる。作品として歪みながらもテーマを主張し続けてくるので、どことなくディストピアで疲れる作品になっている。

【個別】

  • ルートヴィヒ (望海さん)
    この歌と演技を宝塚で観られなくなるのが本当に残念。第一声から感動するような歌声は本作でも素晴らしかった。苦悩し、絶望しながらも歓喜へたどり着いたルートヴィヒをこれだけ生き生きと、躍動しながら演じられるのは未来永劫望海さんだけだろう。いつもながら歌が特に凄まじく、低音から高音まですべての音、ロングトーンまで綺麗に響き渡るまさに至高の歌声。

  • 謎の女 (真彩さん)
    難しい役が多かった真彩さんは最後まで難しい役。人ではない独特の役柄に合わせて、時に不遜に、時に楽器の如く無表情に、時に生き生きと歌う変幻自在の歌声は流石の真彩さん。壬生義士伝の頃から研ぎ澄まされてきた真彩さんの歌や演技の集大成という感じで、本当に素敵なトップ娘役だった。

  • ナポレオン (彩風さん)
    大英雄ナポレオン、そんな威厳ある役に合わせた演じ方が印象的。いつもより低い声で眼光は鋭く、戦場では力強く、皇帝としては雄大に振る舞う様がとても素敵。この演技が雪原での親しげなシーンではギャップになっている点も良い。本当に歌が上手くなって素敵だなぁと思うような、低めの声での歌唱シーンもお気に入り。

  • ケルブ (一樹さん)
    ひと目見て威厳ある方だと解る振る舞いと天界の存在に相応しい歌声でプロフェッショナル。この貫禄で最後にちょっとウキウキしながら歌っちゃうところがまた好き。

  • ゲーテ (彩凪さん)
    気品のある役がとても似合っていて、彩凪さんの集大成。本当はもっと観たかったけれど、宝塚に区切りをつけるに相応しい素敵な演技だった。一歩引いた観測者兼語り手として、気品と知性ある振る舞いがとても格好良かった。セリフも歌も聞き心地がよく、ワンスで次回作に期待した彩凪さんの姿が観られて幸せだった。

  • サリエリ (久城さん)
    およそサリエリとは思えない道化役だけれど、そんな役を完璧にこなすのは流石の久城さん。立て板に水のように滑舌良く話し、甘い言葉を綺麗に歌い上げて聴衆を宮廷音楽の世界へ誘う。そんな道化役にピッタリと合わせた演じ方が素敵。

  • ルートヴィヒの父 (奏乃さん)
    演技が上手だから酷い父親っぷりが強調されていて凄い。ルートヴィヒが絶望するに相応しいシーンを作ってくれる素晴らしさで、出番は多くないけれど印象に残る演技。

  • メッテルニヒ (煌羽さん)
    気品ある姿なのにさりげない視線や振る舞いから敵役であることを思わせる演じ方、曲者上手な煌羽さんらしい素敵な演じ方だった。最初は抑えめに、時が来たら一息に宮廷を支配するしたたかさが好き。

  • ゲルハルト (朝美さん)
    善良な友人を全面に出した演技が良く、ルートヴィヒを見守る笑顔がとても素敵。時代の経過で立ち振る舞いや声色が変わっていき、聴覚を失ったルートヴィヒを驚かせないように正面から手を添えて話していたり、細やかな演技が特に印象的。

  • ロールヘン (朝月さん)
    決して押し出しは強くないけれど、しっかりと見せ場で決めてくる役作りが素敵。最後の手紙のシーンが特に印象的。ちょっと年上系の包容力を感じさせる演技が素敵。

  • フランツ一世 (透真さん)
    気品が凄くて他の貴族とは一線を画するオーラが印象的。動きすら不要で、ひと目でわかる気品を出すのがとても素敵。

  • ルドルフ大公 (綾さん)
    とても歌が上手になっていて感動した。ワンス以来の綾さんだったので、歌が飛躍して素敵な男役になっていると思った。ルートヴィヒをなんとかしてやりたいけどどうしようもない、そんな苦悩のにじみ出た演技が素敵。そして綾さんは本当にノーブルな役が似合う。

  • ヘンデル (真那さん)、テレマン (縣さん)、モーツァルト (彩さん)
    どんな役でも変幻自在の真那さんと彩さん、そして二枚目半な役のイメージがある懸さん。コミカルな役柄に対して相性バッチリで、面白くて素敵な組み合わせ。彩さんが普段女性役を演じているとは思えないような、とても自然なモーツァルトぶりが特に印象的。

  • ジュリエッタ (夢白さん)
    雪組初出演。正統派がとても似合う人で、貴族の令嬢らしさが伝わってくる立ち姿が素敵。ルートヴィヒに思うところはあるけれど立場がそれを許さない、それが伝わってくる目の演技が印象的。

  • ウェルテル (諏訪さん)
    プッシュされていると嬉しいな、と思う諏訪さん。いろいろな苦悩が吹っ切れてしまったウェルテルといった感じで、清々しさを感じるような別れの挨拶が印象的。

 

シルクロード


  • 有終の美を飾る最高のショー
    観たかったシーンをこれでもかと詰め込んできた最高のショーになっている。望海さんと真彩さんのデュエット、彩凪さんの見せ場たっぷりな歌唱、真彩さんの歌に合わせて踊る望海さん・彩風さん・彩凪さん、望海さんと彩風さんのダンスなど観たかった組み合わせが勢揃い。

  • いつまでも聴いていたい楽曲
    菅野よう子さんによる壮大で美しい楽曲がとても心地よい。宝塚的というよりは映画で使われるような壮大さで、fffで使われたベートーヴェンの楽曲に喰われない素晴らしさだった。宝塚以前から彼女の曲が好きなこともあるが、いつまでも何度でも聴いていたいメロディーだった。

  • 壮大なスケールのショー
    宝石の記憶を追体験する形のショーなので、いろいろな時代を巡る壮大なショーになっている。変化に富んだ楽曲とともにめくるめく世界を行く、とても豪華なショーだった。

  • ダスカが凄い
    真彩さんらしい弾けるような歌とともに望海さん・彩風さん・彩凪さんが一堂に会するダスカのシーンが凄い。トップコンビに2, 3番手が勢揃いするシーンはあまりなかったのでそれだけでも感動したし、衣装も格好良ければ真彩さんの歌も凄い。上海を舞台にした公演がないのが勿体ないぐらいのハマり役で大好きなシーン。

  • 薔薇の出し方が素敵
    生田先生といえば薔薇、というイメージだが今回は出し方が最高。青い宝石をずっと見せてきた後に、望海さんが燕尾服で一輪の青い薔薇を携えて登場する。花言葉も含めて完璧としか言えない流れがとても素敵だった。

  • 望海さんのダンスシーンが最高
    青い薔薇を携えて望海さんが踊るシーンがとても綺麗。元々所作がとても綺麗な望海さんが薔薇を愛しそうに持ちながら踊る姿がとても美しく、一番泣けるシーンだったかもしれない。

  • 最後のデュエットダンスは控えめながらとても綺麗
    最後のデュエットダンスはガッツリ組むわけではなく、少し控えめ。それゆえに一つ一つの動作がとても綺麗で印象的。元々所作が美しい望海さんと本当に上手に踊るようになった真彩さんの集大成に相応しいデュエットダンスだった。

  • 彩風さん・朝月さんも相性バッチリ
    次期トップコンビの彩風さんと朝月さんはペアでの出番が多め。花組へ移籍する前から相性バッチリだった二人なので、歌もダンスも相性バッチリ。押し出しすぎずちょうどよい彩風さんと圧の強い潤花さんのペアも良かったけれど、彩風さん・朝月さんのコンビは彩風さんが前に出る系で、今後も楽しみなコンビ。